一生懸命の何が違うのか

仕事に向かう際に、私は若いころから周囲に常々「詰めが甘い」と指摘されてきた。仕事の質や量を考えるとき、肝心要の時にそれが端的に現れる。何となくその意味するところは分かっていたつもりでいたのだが、本当にそれが分かったのは日本のリーダーたちの経験を聞いてからだった。普段一生懸命に仕事をしているつもりでも、自分は何か欠けているとは思っていても、何が足りないのだろう、どこが違うのだろう、と暗中模索だったが、そうした先輩方の話を聞いたり、知ったりする機会に恵まれていたことは幸せだったと感じる。彼らが実際にどんな経験をしてきたのか、例を挙げさせてもらう。

まず、ある銀行の頭取の話から聞いた学生時代のお話だ。
その頭取は京都大学のアメリカンフットボール部に所属していたそうだが、当時アメフト部はあの有名な水野弥一さんが監督だった。水野さんは元々戦闘機のパイロットを目指して防衛大学校に入られた方だったのだが、目を悪くされたために断念して、京大に入り直したという異色の経歴の持ち主。それは恐ろしい監督として京大以外にも広く知られていた。

全人格を賭けているか

けれども水野さんは決して部員を粗雑に扱っていたわけでなく、当時京大のアメフト部に所属していた百数十人を一人ひとり実によく見ていたといわれる。この部員はどういう人間で、どうやったら伸びるかということを常に考えていて、例えば怒る部員と怒らない部員がいるという具合に各々に合った指導をする。カリスマ的な存在感を放ちつつも、極めて繊細で一人ひとりにしっかり目配りしながら、大所帯のチームをモチベートし、強烈な闘争心を抱かせて1つの目標に向かわせていた。

その水野さんがよく話していたのが、「おまえらはライバルに力で負けるのではない、人格で負けるんだ」という言葉だったという。「全人格を賭けてやれ」と。京大の選手たちはライバルに人格で負けないために練習に明け暮れたそうだ。とことん練習して人格を磨き上げていくんだという風に。

私はこのお話を聞いたとき、それまで仕事を一生懸命にしていたつもりだったが、人格まで賭けてやっていたかと考えさせられた。むろん、仕事に対するいろんな価値観はあってよいのだろうが、少なくとも「一生懸命にやっている」というのなら、人格を賭けてやっている人がいるということを少なくとも知り、そんな人たちを相手に戦っているということをわきまえなければならないだろう。

経営は時間の関数

また別の、これも業界では有名な経営者のお言葉に、「経営は時間の関数だ」というのがある。簡単に言えば、経営は時間の経過とともに業績が伸びていくことが大事で、そのために時流に乗ったビジネスを展開していかねばならないということだ。しかし、そこにはもっと深い意味もあって、限られた時間の中で経営者として会社をいかに最大限伸ばしていくか、時間の捉え方を厳しく問いかける言葉でもある。

時間はこの一瞬しかなく、その一瞬を逃せばもう状況は変わっている。だから経営でもスピードは最も重視される。そしてそのために、常に直観力を研ぎ澄ませている。人間の判断はインプットした情報をもとに考えてアウトプットすることだが、経験を積むと神経回路の中にショートカットができて、即座にアウトプットができるようになる。これが直観だとされる。名だたる経営者は限られた時間の中でもよく本を読んでいるものだが、加えて普段の生活の中においても、「もし自分だったらどうするか」と考えることで常に経験を積み、鍛錬を重ねる努力、いわば練習をしている。こうした経験を重ねることで、直観力を磨いているのだという。

強い危機感

中国の古代の書物、易経では3つの「キ」が大切とされている。一つは「幾」。これは物事が変化する兆し、前兆がどこかにあるはずだとする。そして、次に物事を行うタイミングの「期」。そして、最後はツボとか勘所の「機」。この3つを押さえておくことが大事なのだという。私がうかがった著名な経営者に共通していたのは、常に強い危機感を持って経営に臨まれているということだった。リレーで例えて言えば、ちょうどトラックのコーナーに差し掛かる難しい場所にいて、いかにスピードを落とさずに、最短距離で駆け抜けていくかに苦心している姿がそこにある。

特に最近はコロナの影響も後押しして、世の中の変化のスピードが加速していると言われる。著名な経営者はいずれも「ここで変わらなければ滅んでしまう」という強い危機感を持って臨んでいる。けれど変わるというのは痛みを伴うことでもあり、自分から変わるのはなかなか難しい。特に大きな組織にもなれば、前例、風習、固定観念が染みついていて、変わることは容易ではない。経営者がいくら変わろうと呼びかけても、人がいません、予算が足りません、前例がありません、とできない理由を探して安心してしまう。それは組織の大小にかかわらない。それぞれの殻を破って、経営者それぞれの本気を見せる時が来ているように感じる。