補助金は使いやすいのが一番?

最近、私は私の住んでいる県が用意する補助金の制度を使ってパソコンを買い替えた。この補助金は新型コロナウイルスの関係で新設された制度で、それを利用するにはさしてハードルが高くないこともあって、私だけでなく応募が殺到しているという。だから事前の問い合わせに対しても、担当者は「早い者勝ちですよ」とばかりに対応を促していた。とくに緊急の時においては、こうした補助金をいかにうまく使うかによって企業経営の目先も大分変わってくるのかもしれない。実際、私も税理士の先生からこの補助金の存在を教えていただいたことで、パソコンの代金のほとんどを補助金で賄うことができて助かった。

私が利用した補助金の場合、その採否にこのパソコンがどれだけ私や、企業の業績向上に寄与するかはまったくお構いなしだったが、行政が用意する補助金は事前の審査はいざ知らず、それを使ったからといって、厳密に効果の測定を行わないのが普通なのかもしれない。いちいちそんなことをしていたら後の処理が大変だろうし、せっかくの補助金も使いにくいものになるのかもしれない。だけど、補助金だからそんな悠長なこともいっていられるが、いざこれが自分のお金だったらどうだろう。補助金と同じような感覚で設備投資をしているようであれば、それは経営者としては失格であるのは間違いない。

評価に使われるDCF法

「事前の一策は事後の百策に勝る」という言葉があるように、事前の投資決定を誤ることは、価値を棄損するところに資金を投じることになってしまう。たとえ事後に最善の策をとったとしても、損を少なくするのが精一杯だろう。正しい投資は最初が肝心なのだ。この事前の策を決める一つの手段としてあるのが、DCF(ディスカウント・キャッシュ・フロー)法だ。これは実物投資が価値を付加するかしないかを定量的に評価するためのツールであるとされる。

例えば、企業がある事業の将来に100のキャッシュを生み出すことを計画しているとする。そのために現在95の投資が必要とされる場合、その企業は将来の100から5%を割り引いて評価していることになる。この場合、5%は「割引率」といわれる。このように将来の不確実なキャッシュフローを割り引くため、この考え方をDCF法という。期待される成果の100が実現できそうになければ、評価額は95から引き下げなければならない。逆に100を超える成果が期待できるということであれば、評価額は95より高くなる。

黒字になりそうだから投資する?

企業の価値は通常、キャッシュフローと資本コストを示す割引率で計算する、このDCF法によって評価される。だから企業価値を意識するなら、キャッシュフローと資本コストを注視しなければならない。さらに話は詳しくなるが、DCF法を用いた実物投資決定には、NPV(正味現在価値)法とIRR(内部収益率)法がある。前者が投資が生み出す成果としての正味の現在価値に注目するのに対して、後者は実物投資の収益率が期待するリターン(資本コスト)を上回るかどうかに注目する。いずれも将来のキャッシュフローを割り引くという作業を行う。

投資を行う際に会計の数値を重視するのは当然としても、収益が黒字になりそうだからというだけで決定するのは早計だ。一般に黒字だから経営が順調と判断してはならないとされるように、企業が新たな投資を行う際は、そこで必要とされる資本コスト以上のリターンが当然求められる。そうでなければ、もし仮に上場企業であれば株価は下落することになる。投下した資本が回収できる年数や、できるだけ早期の回収を重視する回収期間法も分かりやすい基準としてあるが、たとえ回収できるからとしても十分なリターンがあるとは限らないし、回収ばかりに目が行くと大きな投資機会を逃してしまいかねない。

資本コストに目をやる

金融機関の方にうかがえば、中小企業の方の中には資本コストに対する理解が不十分だと不満を抱いているケースが多いのだという。市場で存在感を放つ企業では、投資計画が資本コストを上回るリターンを上げ得るのか、納得いくまで説明が求められる。投資するキャッシュが期待以上の成果を生むのかどうか、投資家の視点はもっぱらそこに注がれるのだ。海外の先端企業ともなれば、そんなことは最早当たり前の話でしかない。

日本で今もって議論されるのは企業の98%を占める中小企業の労働生産性が低く、日本の経済全体の足を引っ張っているということだ。労働生産性が低いといわれる理由は、利益が上げられていない、労働者の給与が低くて雇用者数がなかなか増えないということに現れている。そうした議論の延長に必ずあるのが、投資が少ないという話だ。もっと投資を行って成長の機会を掴めというわけだ。

しかし、何でも投資を行えばよいというわけではもちろんない。この時期いろいろ手厚く用意されている各種補助金や助成金を利用しない手はもちろんないのだが、何でも利用できるからということに慣れていると、本来求められるはずの投資に対する規律が身につかず、世界的な競争に追いつけない。投資は行っても生産性は低いまま、そんな状況が危惧される今日だ。