人生に寄り添うコーチ

アメリカ大リーグのロサンゼルスドジャーズでは、プロ野球の経験がない人もコーチになっているそうだ。それを見て、ある日本の評論家が、「これまでコーチの役割は技術指導にこそあると思われてきたが、今はそれより『その人の人生に寄り添う』という役割の方が大きくなってきているのかもしれない」と感想を漏らしていた。

今の時代、いろいろな最先端機器が開発され、選手は必要とあらば様々なデータを見ることができる。その一つに「トラックマン」というデータ計測機器がある。プロゴルファーが使い始めて一躍有名になった弾道を測定する機器だ。これを使うと、ヘッドスピードやスイングの軌道だけでなく、ボールが当たる瞬間のクラブのフェースの向きや角度など、25項目もの数値が一瞬で知ることができる。その後、テニスや野球などでも使われ始め、現在、日本のプロ野球でもほとんどの球団が導入しているそうだ。

その結果、確かに「スポーツアナリティクス」と呼ばれるように、各スポーツ競技においてデータ戦略が各段に進歩したとされる。そこまでは分かるが、それではその分選手は成長しているかとなると、それはまた別の話のようだ。どんなに数多くのデータを入手できたとしても、それをうまく活用できなければ意味がないからだ。そして、うまく活用できる人とそうでない人がいるのもまた事実なのだ。

データを活用する人は精神的に自立している

ではどんな人がデータをうまく活用しているのだろうか。

それは「精神的に自立している人だ」とされる。精神的に自立している人は、自分が上手くなるためにどんなことでもやってみたいと思っていたり、現状に満足していなかったり、「こうしたらもっと上手くなるのではないか」と常日頃考えていたりする。だから結果として、データを受け入れる準備ができているというのだ。しかも、飲み込みや成長の速度も速い。しかし、残念なことには、「そうした人はあまり多くない」ともされる。

例えば、高校や大学時代に、自ら練習メニューを作るなど、自分の頭で考えてやってきた人と、人に「あれをやれ、これをやれ」と言われるままにやってきた人との違いを考えれば一目瞭然だろう。自ら考えて工夫してきた選手は、情報が与えられると、自分が足りないところが分かっているので、自ら解釈し、咀嚼しようとする。一方、言われるままにやってきた選手は、それを自ら解釈・咀嚼することに慣れていないので、なかなか有益なデータも活用することができない。それどころか、少しデータが増えただけで、「もう無理です」と頭が混乱してしまうのだそうだ。

実績と指導料は別

一選手なら、その影響は自分だけに留まるが、それがコーチとなると一人だけの問題では済まなくなる。選手時代に天分にも恵まれよい成績を残した人の中には、独自の「感覚」でプレーしてきた人も多くいる。そんな人は感覚でしか物事を理解してこなかったので、人に説明したり、まして指導することは不得手だ。一方、選手時代は平凡な成績しか残せていなくても、自分なりに勉強して努力を重ねてきた人は、練習の意味を人に考えて説明することができる。

また、選手同様に、データが増えすぎるとそれだけでパンクしてしまうコーチもいる。だから、コーチの育成も必要になるのだが、実際には選手時代に結果を残した人にほど、「指導の勉強をするように」とは言いづらい。本来、選手としてプレーすることと指導することはまったく別者なので、ゼロから考えないといけないことなのだろうが、何故か「これまでやってきたのだから指導もできるだろう」ということになってしまっている。理屈で考えるとこんなにおかしなことはないと誰でも気づくはずなのに、誰もが気づかない風を装っているのだ。

老害を助長しがちな組織

ビジネスにおいてもネットや様々な情報機器の開発により、大量のデータが瞬時に手に入るようになり、そのデータをいかに活用するかが叫ばれている。しかし、データそのものの議論の前に、人がそれを活用できる状態になっているかを考える必要がありそうだ。

データをどのように活用すればいいか、本人にまずその問題意識がなければいくら制度を整えても形ばかりになるだろう。加えて、組織としても、売り上げの成績が良いから営業のマネージャーに抜擢しているということがないだろうか。上司になって「指導する」ことを、いまだに「できる」ことの延長にあるように見ているようであれば、それは間違いだ。

それでも実績がある上司がまだ若ければ、周囲もついていくかもしれない。勢いやエネルギーもあるだろうし、その実績に魅力を感じる若手もいるだろう。しかし、その人が年齢を重ねれば、その人が活躍した時代を知らない部下も増える。それでその人に指導力がなければ、それは「老害」にしかならない。

例えば、選手としてのピークが30代になるように工夫を重ねていたように、上司が指導者としてのピークを50、60代に持ってくれば良い。指導する際に「その人の人生に寄り添う」役割が重んじられるということなら、それもし易いだろう。そうした環境を整えることができないと、特にこれから企業は発展していくことができないのではないだろうか。