曖昧な指示に悩む

私は数多くの上司に仕えてきたが、中味の分からない指示を出されて困ることが多くあった。「とりあえずやっといて」とだけしか言われなかったようなことには、どうしても真剣に取り組もうとは思えなかった。上司のその仕事に対する情熱も伺えないし、「とりあえず」やるとはどういうことなのか、それにどんな意味があるのか分からない。だから最悪、そうした指示に対しては無視することさえあったぐらいだ。それでも問題にならないくらいのことだったのだ。上司だけでなく、顧客に対しても仕事に対する不可解な指示に対しては時間のムダとばかり、こちらから「こういうことですね」と勝手に置き替えて進めることがある。

ところが職場のコミュニケーションにおける悩みを聞くと、相変わらず基本的な指示の出し方さえできていないことに気付かされる。特に、上司から部下への指示の出し方が非常にあいまいであったりすると、部下が何をすればよいか分からないということはもちろん、部下が指示の内容をどう判断すべきかという負荷を追うことになり、それだけで仕事の効率が落ちることになる。生産性を問題にするくせに、悪くすればその上司自身が部下の生産性を落としているのだ。例えば、「2、3日中にやっといて」と言われても、それが2日後の水曜日を指すのか、3日後の木曜日で良いのかによって、部下の仕事の仕方も異なってくる。さらに、水曜日の何時までに仕上げればよいのかまで、部下の判断に委ねることになり、それだけで部下は大いに悩むことになる。

指示は情報の取捨選択をしてから

部下への指示に必要なものは、「誰に」「何を」「いつまでに」「どうして欲しいのか」である。これがそろっていないのはそもそも問題のある指示と言わざるをえないが、それさえそろっていれば良いというわけでもない。余分な形容詞なども本来いらないのだ。

例えば、「書類を整理するための中型のファイルを1つ取ってください」という指示はどうだろう。もちろん、指示を出す相手の役割や知識の量、その場の環境によって、指示の出し方も異なってくるだろうが、最も簡潔な支持の出し方を考えるなら、「書類を整理するための」という部分は不要だ。相手にとって必要でない情報は伝えなくて良いのだ。そういった意味で、指示を出す側は、常に情報を取捨選択して相手に出さなければならない。
先ほどの「2、3日中に」といった曖昧な数詞もそうだが、コピーを頼む場合でも「2、3枚お願い」というのは、指示を出す側が本来自分で判断しなければならないところを面倒がって、指示を受け取る側によろしく取り計らってもらうことを期待しているに過ぎない。

曖昧な支持は相手を困らせ、相手の生産性を下げるだけでなく、その結果、自分自身も相手のしたことに不満を抱いたり、相手の低い生産性にイライラしたりする。こんなバカ気たことはない。

企業の目標と行動計画が結び付いているか

指示が明確であれば、部下も行動しやすくなる。そもそも部下が普段しなければならない行動は大きくわけて2種類ある。その一つは、それぞれの企業などで働く時に守らねばならない約束事のようなことだ。例えば、病院内であれば「走らない」「器具などを清潔に保つ」「常に患者を優先する」などといったことだ。こうしたルールはそれが定着するまで繰り返して身に付けなければならない。どんなに忙しくても、万一それができていなければ、手を止めて再確認しなければならない。

そして。もう一つが企業が掲げる目標に対して、それぞれがしなければならない行動だ。例えば、今月の売上目標に対して誰が何をすべきかなのは、部署ごと、役職ごとに異なる。この時、会社の目標がそれぞれの個人の行動計画まで落とし込めていない企業が多いのは問題だ。今何をすべきかなのかがそれぞれに曖昧なだけでなく、会社の目標が自分の仕事と明確につながっていないため、その達成、未達成も常に他人事のように受け取られるのだ。それらの関係性が明確であっても、最も大切な行動を絞っておかなければ部下の迷いは大きくなる。そしてやって欲しいことはたくさんあっても、一度に指示することは一つに留めると部下も動きやすい。

優しい指示の出し方が部下を育てる

結局、そうした支持の出し方が部下に優しい仕組みにしておくと、誰でもとっつきやすい上に、「育つ仕組み」が自然に出来上がることにつながる。仕事に求められている能力を100とした時、誰でも普通はそれに近い能力の人材を求めようとする。しかし、人手不足の時代、それがかなわないのであれば、もっと間口を広くして受け入れ、たとえ最初は能力が10しかなくても、その代わりに人が育つ仕組みを社内に持っていた方が利口なように思う。これからの時代、こちらの方がより現実的なのではないだろうか。

相手が自分の思う通りに動いてくれない場合、「使えない人だ」とばかりに不満を言って、相手を切り捨てるのは簡単なことだ。しかし、本当は社内に育つ仕組みをつくれていない経営自体に問題があることが多い。自分の方に非があるとはなかなか認めにくいものだが、そもそも部下は上司、経営者の思いを汲んで働こうとするものだ。育つ仕組みはそんな部下に対して、上司や経営者が強く意識しないといけない責任問題だ。
個々の働く人の目的は会社の事業目的と同じである必要はない。部下がその企業で働く目的はそれぞれにあって良い。それをまとめるのが上司や経営者の仕事だ。そして、それは指示の出し方から意識して工夫しなければできないのではないか。