伝える言葉の大切さ

最近、人に「伝える力」が関心を持たれている。それはそれで喜ばしいことと考えている。せっかくいいものを思いついたり、出来上がったりしても、これまでなら「いいものなら自然と売れるだろう」とぐらいにしか考えられていなかったが、それらを思いついたり作ったりするのと同等以上に、その良さを伝えることが大切な時代になっている。

何故なら、これまでなら周囲の皆が同じことを求めていたものでも、これからは人それぞれに求めるものが異なっているからだ。例えば、テレビなら高精細なもの、洗濯機なら汚れのよく落ちるものといった具合だったのが、それらの機能は当たり前として、テレビも洗濯機も使い方が異なるそれぞれの人にどう向き合っているのかが大切になっている。

テクニックでは伝わらない

そのそれぞれの特徴を分かってもらうことが今は難しくなっている。だから「伝え方」にスポットが当たっているのだろうが、これらはそもそも小手先のテクニックの問題ではない。ところが、どうすればインパクトがより強くなるのかといった言葉遊びのような感覚で捉えられていることが多いように思う。これではいつまでたっても「思い」は伝わらない。

ゲーテは「本気でものを言うつもりなら、言葉を飾る必要があろうか」と言った。まさにその通りだと改めて思う。まずその言葉が「事実」を述べるのは当たり前として、それが利用するものにどんな「価値」があるのかまで伝える必要のあることはよく言われることだ。私はそれに加えて、「思想(共感)」のレベルにまで持っていくことが必要だと思っている。

思想やビジョンを語っているか

従来の販促活動においても、その効果が段々と小さくなっているようなことを耳にする。それは販促手段にも問題があるかもしれないが、そもそも伝えるべき言葉が昔からのままであったりするなど、伝え方に問題があることが多いように思う。

ただ独りよがりに、私はこう考えます、こう思いますと言っても、それが人の共感を呼ばなければ、言葉に力は入ってこない。共感が人の買い物などの行動に結びついて、初めてその言葉も意味を持ってくる。だから、伝え方に悩んでいる人は、小手先のテクニックを考えるのではなく、まずは人を行動にまで駆り立てることのできる思想やビジョンをそもそも語っているかを考えるべきなのだ。

まず文字にして考えよう

SNSなどの普及も、伝え方に対する関心を呼んでいるのだろうが、基本は同じなのでなないだろうか。それが同じことを取り上げているようでも、共感を呼ぶか呼ばないか、言葉が相手に確かに伝わっているかいなかの差になってくる。そんな風に考えていくと、コミュニケーションという最も基本的なことが、とても難しいもののようにも思えてくる。

私はとりあえず思いを文字にして表してみることをお勧めしている。自分が思っていることも、案外、文字にしてみるとつじつまが合わなかったり、自分でも漠然としていて何を言いたかったのか分からなくなってしまうことも多い。そうした気付きからまた考えを深めることもできる。とにかく、考える癖をつけることが肝心だ。