「遊」に至ることの尊さ

論語の中に、「之を知る者は之を好む者に如かず/之を好む者は之を楽しむ者に如かず」(知る者は好んでやる者に及ばない。好んでやる者は楽しんでやる者に及ばない)という一節がある。


古来、多くの人が暗唱した一節だが、毎日論語を一章ずつ素読することを日課にしていた伊與田覺氏は、この上にもう一つの境地があるという。それが「遊」だ。

「先年天寿を全うされた伊與田氏は、「知には無知、好きには嫌い、楽しみには苦しみというように、知好楽には相対する世界がある。しかし『遊』には相対するものがない。絶対の境地である。ここに至ることが尊いのである。天命を知った後の孔子の境地は、この遊に近いものがあると思う」とも話されていたという。

仕事をすることが休むこと

京都の料理旅館である和久傳の女将を務める桑村綾氏は、「私はこれまでその道を極めたという方に何人もお会いしてきましたけれども、皆さんに共通しているのが、『ちょっと無理したから休もう』といって何をされているかと思ったら、やはり仕事をされている。仕事をしていることが休むことになっているんです」と話している。


画家の安野光雅氏も、「さすがに兵隊に行った時は描けませんでしたけど、それを除いては子供の頃から絵を描かなかった日は一日もありません。だからと言って、師匠について学んだこともなければ、弟子もいません。人の真似をしたとしても自分の絵にはならないし、自分のものにならないとできあがった感じがしない」と話す。

創造性を伴わなければ単なる作業

先の桑村氏は、「私も仕事が遊びであり、遊びが仕事であるという思いで生きてきたのかもしれません。苦しいこともたくさんありましたが、その中にも喜びを味わえたことは幸いでした。苦しい中でこそ得られる喜び。そこにこそ本当の『遊』があるような気がしております」と振り返る。

仕事というのは、言ってみれば創造性を伴わなければならないと考える。創造性のない仕事は単なる作業であり、それをしている当人にとっては単なる苦役でしかない。労働が苦役とする考え方もそこからくるように思う。しかし、例えば料理屋なら、「こんな風に味付けをしてお客さんに喜んでもらおう」と考える時に仕事になる。

プロ意識とひたむきさを大切に

例えば、ただ今困っているお客さんがいた時、「もう時間外ですから明日勤務時間内にお伺いします」では、相手にされるはずもない。いくら「働き方改革」の時代だからといっても、仕事にはそれぞれに合わせた働き方というのがあるはずだ。仕事になれば、たとえ徹夜をしてもそれは楽しいはずだ。

良く売れているライバル社のただ二番煎じを新商品として出したり、先のサービスの少し目先を変えただけのものを新事業として売り出すことも多く見かけるが、それが通用するはずもなく、第一、自社の商品や戦略へのプライドが見られない。

強烈なプロ意識とひたむきさを大切にして、お客様に喜んでもらいたい。そんな働き方を私もしたいと思っている。

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