世界をリードする「はやぶさ2」

小惑星「リュウグウ」の探査とそのサンプルを地球に持ち帰るという離れ業をやってのけた小惑星探査機「はやぶさ2」。世界初となる偉業を7つも成し遂げ、それにより太陽系の歴史や地球における生命の起源に迫ることができるといわれる。この一大プロジェクトを牽引してきたのがプロジェクトマネージャーの津田雄一氏だ。約600人の多国籍に渡るスペシャリストをまとめ上げ、5年半に及ぶ期間を牽引してきた。この津田氏によるチームマネジメントの手法やリーダーとしての心得が、コロナ下で苦境にある企業経営に示唆を与えるところは多い。以下、雑誌や新聞のインタビュー記事を参考にまとめてみた。

もともと初代の「はやぶさ」は小惑星に行ってその欠片を地球に持ち帰ることが技術的に可能なのかを実証する実験機として成功していた。その結果、小惑星の探査が実は面白いものであることを世界中に知らせたことになり、欧米でもこの分野がクローズアップされるようになった。この「はやぶさ2」はそうした中でいち早く“本番一号機”として日本が打ち上げ、成功したということで、日本が世界をリードしていることを強く印象付けたこととして大きな意味を持つものでもあった。この「はやぶさ2」は地球帰還後、再び宇宙へ次のミッションを持って旅に出かけている。

コミュニケーションが鍵

津田氏は2015年に39歳の若さでこのプロジェクトマネージャーに抜擢された。冒頭では約600人の集団をまとめ上げたといったが、それは津田氏が直接に連絡することができる範囲の数だけで、そのほかメーカーの下請けや大学の研究者の助手の人たちを入れると数千人にも及ぶという。国籍がいろいろであることに加え、年齢もキャリアも津田氏より上の人たちが数多くいる中で、津田氏が目指したのは、最後までバラバラになることなく、問題が生じれば解決に向けて皆で頭を捻って答えを出すことのできるチームだという。

津田氏は自らを、皆をグイグイと引っ張っていくような君臨するタイプのリーダーではないとしている。だから、それぞれのメンバーがどういうバックグランドを持っているのか、「はやぶさ2」にどういう思いで携わっているのかということをまず知ることから努めたという。その上で、「じゃあこういう役回りでやってくれないか」と、そうやって一人ひとりと個別にコミュニケーションを取り、丹念に調整をしていったと苦労を明かす。加えて、津田氏から放射状にコミュニケ―ションが延びるだけに留まらず、メンバー同士が繋がれるように仕事を割り振ることも心掛けた大切な点だ。

本気を見せる

この時忘れてはならないのは、単に指令を出すとか、言い逃げをするだけではダメで、やっぱり相手に「本気なんだな」と思わせることだという。それには知識が不可欠で、津田氏は自分の専門分野以外の勉強も随分したと振り返る。相手のことを知り、相手の主張を理解するためには、どうしても相手の専門分野に入り込まざるを得ないので、分からないところは素直に教えを請いながらやっていたそうだ。要するに、組織をまとめる上で知識とコミュニケーションの2つが必要だった。そして、津田氏がさらに目指したのは、指示を待つ集団でなく、自律的に考えて失敗を乗り越える集団にすることだった。

そのために必要なのは、「やっぱり手を動かすこと」と津田氏はいう。頭の中だけで考えているとどうしても頭でっかちになってしまう。考えたことがそのまま実行できるとは限らないからそれだけでは問題が生じやすくなる。そこでチームの中では「リュウグウ」に到着するまでの2年間に主に2つの訓練を行ったそうだ。一つは解析訓練。「リュウグウ」がどんな小惑星なのか行ってみないと分からないので仮想モデルをいくつか設定して、もしこういう場合にはどう着陸するか、どういうデータ解析をしてその答えを導くかを考える。もう一つは実時間訓練。シミュレーターを使って探査機にさまざまなトラブルをわざと発生させ、その状況でオペレーターたちが正しい判断をできるか試すものだ。

思いだけでなく論理で納得させる力を

そうやって頭で思っていたほど自分たちはできないことを認識できると、事前にこういう手順をマニュアル化しておきましょうとか、起こるかどうかは分からないけど、起こることを前提にこういうコマンドを事前に打っておきましょうとか、どんどん自分たちで打つべき手を考えるようになる。そうすると津田氏が何も指示を出さなくても、素晴らしい動きのできるチームが自然にできたそうだ。津田氏はそのことを称して、「まるで芸術作品を見ているような感覚でした」と語っている。実際、「はやぶさ2」が「リュウグウ」に着陸する前になって、当初考えていた着陸方法では無理なことが分かるというトラブルも、その訓練の成果で無事乗り切ることができた。

津田氏は今回の偉業の達成を振り返って、物事を成就する人とできない人の差について、「自分たちはできない(完全ではない)とちゃんと自覚することだ」と話す。「はやぶさ2」をきちんと作りはしたが、操作する自分たちはパーフェクトな人間じゃない、100%完璧ということはあり得ないという自覚が醸成されていたそうだ。だから過信せずにおごらずに謙虚であること、常に現状に満足することなくよりよいものを探求し続けることが大切なのだという。そのためにリーダーは思いだけで決めるのでなく論理でチームを納得させ、仲間とともに前進していく姿勢が大切になるとしている。