損益分岐点は頭に入っているか

ある中小の自動車部品メーカーの月例会議に参加する機会があった。その時、前月から新たに立ち上げた事業を管理する部長から、次のような月次売上の報告があった。
「前月の売上高300万円、商品の仕入れ原価が210万円で、利益は90万円となりました。当月は今のところ前月の売上を上回るペースで推移しているので、売上高300万円は超えるように頑張りたいと思います」。

その報告に私は何かしっくりこないものを感じていたところ、社長が次のように言った。「売上高300万円は超えるように、って言ってるが、一体どこを目指しているんだ?前月の売上予算は500万円、当月は600万円になっていただろう?」。するとその部長は次のように答えた。「はい。ただそれは管理部が勝手に設定した数字ですので…」。

私が「この部長はちょっとまずいな」と思っていると、社長は続けて、「他人事のような言い方をしているが、お前のところの損益分岐点はいくらかちょっと答えてみろ」というと、部長は「先ほど報告しました通り、90万円の黒字になっていますが…」。この発言で社長の怒りに火が付いた。部長ともなれば、損益分岐点となる売上高ぐらいは知っておかねばまずいに違いない。

コストは変動費だけではない

コストには固定費と変動費がある。固定費は売上高が増えても減っても変わらずに発生する費用、変動費は売上高の増減にともなって変動する費用だ。例えば、固定費なら家賃や人件費、変動費なら商品の仕入れコストなどが該当する。先ほどの部長は売上高300万円、変動費(仕入れ原価)210万円、利益90万円と計算していたが、これ以外に固定費がかかっているはずだ。

売上高から変動費を差し引いたものを限界利益と呼び、この限界利益率を計算すると限界利益90万円÷300万円=30%となる。そして、チームの運営に必要な固定費をこの限界利益率で割ると損益分岐点売上高が求められる。先のチームの場合だと、チームの人件費、家賃のチーム負担分、その他諸経費を含めると固定費も変動費と同じ210万円となっていて、その損益分岐点売上高は210万円÷30%=700万円となる。つまりこの新規事業は先月も今月も赤字で、部長は固定費の存在に気付かず、自分が赤字の事業を抱えているという認識すらできていなかったのだ。

ここまで極端なことは少ないのかもしれないが、もう一つ、この部長については、目標を「管理部が勝手に設定した」としても、それに代わる自らの目標を公言していなかったというのはやはりまずいだろう。

求められる有言実行

私はリーダーが人を率いる時の基本はやはり有言実行にあるだろうと思う。不言実行でも人が付いてきてくれるのであればそれに越したことはないのかもしれないが、それを期待するのはあまりにリーダーにとって都合が良すぎる。例えば、先月の売上高が300万円あったとして、その実績から今月は350万円を目指すのか、400万円を目指すのかによって、ひょっとしたら準備するものも異なってくるかもしれない。そこはリーダーが判断して必要な環境を整えるのが仕事だろう。それを何も表明せずに、「目標までにあと10万円足りない」からといって、そのための努力が勝手にチーム内に沸き起こってくることを期待することはできない。

残念ながら、私も学生時代から不言実行のタイプだった。不言実行といえば聞こえは良いが、不言のまま何もしなかったことの方が多かったかもしれない。試験日の朝に、友人たちが「ヤバいわ。昨日徹夜で勉強するつもりが寝てしまったわ。お前はどう?」と聞かれて、内心自信満々でも、「オレもあまり勉強してへんから、同じや」と答えることが多かった。そして、試験結果を見た友人は「お前はホンマに嘘つきやな」などと言っていた。今も事業が少しずつ上向きつつあっても、「まだまだ公言できるような実績ではありませんから」とつい言ってしまう。本人はそれで満足しても、それではリーダーは務まらない。

大切な覚悟とその伝え方

やはり有言実行がリーダーとしてのあるべき姿だろう。一流のスポーツ選手などもそうだ。毎年「ホームランを40本打ちます」「必ず金メダルを獲ります」など、堂々と目標を公表している。一度周囲に宣言してしまうと、達成できなかった時に恥をかくのは自分自身だ。これはとんでもないプレッシャーだ。そんなプレッシャーを自らにかけて、逃げられない状況をつくっていく。不言実行なら、仮に目標を達成できなくても恥ずかしい思いなどはしなくて済む。私自身がそうだから分かる。しかし、それでは自分の掲げた目標の達成が難しいと感じた時に、逃げがちになる。

結局、これは覚悟の問題だろう。目標を公言して自分の退路を断つか、それともいざという時に自分を窮地に追い込まずに、逃げ道を確保しておくのか。チームのメンバーが実力以上の力で協力してくれるのはどちらか、答えは言うまでもない。念のために言っておくと、目標をチームに伝える際、「社長が言ってるから」ではダメなのは当然で、ちゃんとその目標が掲げられた理由やチームが鼓舞できるように伝えられるかどうかで、そのチームの目標に対する達成意欲が変わることも言うまでもない。リーダーの覚悟と同様に、その伝え方も大切だ。