障がい者雇用の厳しい現実

宅配便サービスの生みの親といわれる故小倉昌男さんは、ヤマト運輸の会長を退任すると福祉の世界に飛び込んだ。障がい者の月給があまりにも安いことに衝撃を受けたという。そして、「賃金1人10万円以上」を実現するために、パン店を開業して、障がい者が働ける場を作り出した。従業員とパンを焼きながら、一般企業に対しても障がい者の雇用を進めるように促した。

「障害者雇用促進法」は、民間企業や公的機関に一定割合の障がい者の雇用を義務づけている。模範となるべき国や自治体の場合、現在の法定雇用率は企業より高い2.5%に設定されている。昨年の6月1日時点では、国の33の行政機関は計6900人の障がい者を雇用し、平均雇用率は2.49%だった。ところが、これが偽りの数字であることが発覚した。障害者手帳が交付されていない軽度の人も合算していたという。実際は多くの省庁で障がい者の雇用率は1%を下回る。悪習は40年以上も続いていたようで、その後各自治体でも雇用水増しの実態が次々に明らかになっている。

先進企業も存在

法律で定める民間企業の障害者雇用率は国や自治体より低い2.2%だ。とはいえ「共生社会」の実現に向け、企業はさらなる対策を迫られるが、職場の事情にあわせて障がい者を受け入れる手法では追いつかないのが現実だ。実際に、障がい者の特性に応じ、会社全体の働く環境や組織のあり方をトップダウンで見直すことも重要になっている。加えて、国は2020年度末までには雇用率を2.3%へ引き上げる計画だ。経営者の意識が問われている矢先のことだっただけに、今回の件はあきれてものが言えない。

現行の法定雇用率を義務付けられている従業員50人以上の企業は9万社強ある。厚生労働省によると、2%を満たすのは5割で、一人も雇っていない企業も3割あったそうだ。2.2%に引き上げられた時に、これまで雇用率の計算対象外だった発達障がいやそううつ病を含む精神障がい者も対象になっている。すでに精神障がい者の雇用義務が生じるわけではないが、独自の取り組みを始めている企業もある。

例えば、大阪市のリーガロイヤルホテルは、経営戦略に「障がい者の雇用」を位置づけ、その能力を引き出す環境作りに努めている。部長級をリーダーとする社内横断のプロジェクトチームには、障がい者や家族に障がい者がいる社員をメンバーに加えた。そして、ホテルの業務の中で障害者が担える仕事内容を検討し、マニュアルの作成や各部署への理解を求めた。

メリットを見つめ直して

一歩目のハードルが高いのが中小企業だ。厚労省によると、障がい者が一人も働いていない企業の多くは従業員100人未満の企業だった。その点、都道府県別の雇用率が高い奈良県の事例が参考になる。そこでは地元企業などと「障がい者はたらく応援団なら」を設立。職場実習や見学の受け入れなどを通じ、障がい者雇用の裾野を広げてきた。本来、自治体も企業まかせにするのでなく、こうした取り組みを参考にしてほしい。しかし、今回の件で、国や自治体も当てにはならないことがはっきりした以上、中小企業は障がい者を雇用するメリットを改めてしっかり見つめ直すことが必要だ。

もちろん、障がい者を受け入れるにはそのための体制づくりが必要だ。そのコスト以上に、よく指摘されることだが、まず障がい者雇用に積極的に取り組んでいるという社会的な評価を得ることができる。そして、障がい者雇用に積極的な企業であれば、健常者であっても自身に将来何か起こっても手厚い保障が受けられるだろうという期待のもと、安心して働けるという意識を植え付けることができる。また、障がい者雇用に積極的な企業、社会的な信用が高い企業として自社に対する誇りや愛社精神が高まり、ひいては社員のモラールが向上するといった利益などが考えられる。

問われる「経営者の目」

ヤマト運輸の小倉さんといえば、「官僚と闘う男」としても知られていた。「官僚は虫歯みたいなもの。抜いてしまった方がいい」。そう言い放った小倉さんは、生前には、「日本人の人口に占める障がい者の割合を考えれば、雇用率は従業員全体の5%でもいい」とも語っていた。考えてみるまでもなく、私だって視力は両目とも0.1を切るほど悪く、眼鏡の無い時代であれば障がい者に該当していたかも知れない。そんな風に考えると、完璧な人間なんていない以上、皆なんらかの障がいを抱えていると考えた方がいい。

小倉さんがヤマト福祉財団を設立し、障がい者の就労を目的とした共同作業場にいろいろな助成を行い始めたのが1993年。共同作業場で働いている障がい者の報酬が、平均して月額1万円に過ぎないことを知って大変な驚きだったという。その額は今も「就労継続支援B型」と呼ばれる事業所では月額1万5000円程度だ。まだまだ私たちもできることがあるのではないだろうか。体の一部に障がいを抱えていても、その他のところでは「健常者」以上の能力を持っていることだってあるわけだから。経営者の目の真贋が問われているようにも思う。