理念は実践されているか

企業を訪問すると応接室に掛かっている額やパンフレットなどを見る機会も多いのだが、それらを見ていると企業の特徴がとてもよく分かる。大概、経営理念なるものを第1に掲げたり、載せているのだが、中には何十年も前の創業時代の理念をそのまま載せているだけで、今の仕事の中で「どう理解しているのだろう?」と疑問に思うものもよくある。聞けば、「これまで連綿と引き継がれてきた想いなので、それを(そのままに)大切にしています」といった応えが返ってくる。だがこれまで伝えられてきたものをそのままの形で保存するのが大切なのではないだろう。

例えば、先日もある企業を伺った折、いただいたパンフレットに「社会と調和し、世界と交流する」「お客様を第一に考える」といった理念が掲げられている。そして、ページをめくると、これまでの社史や会社の規約なども紹介されていた。創業者の掲げた理念はすばらしいものだが、これだけでは今の時代、実際の経営判断や社員が現場で決断を迫られた時の判断になりにくい。もう少しブレークダウンしたものがないのかと聞いても、「そんなものはない」という。これでは「何のための経営理念か」となりかねない。

従業員教育にも一役

今では「経営理念」や「ビジョン」といったものの大切さがあちらこちらで唱えられているので、とりあえず作っておこうとする企業も多いのかもしれない。しかし、やはりそれが実際に使われないと、魂のない仏のようなものだ。私の知っているある企業では、会社の理念とは別に従業員一人ひとりが個人の理念を作って、それを従業員が持つ社員手帳の企業理念の下に書き込ませている。企業理念はもちろんその企業の想いを表しているのだが、それに基づいた個人の理念を持たせることで、毎日のいろいろな意味で苦しい仕事の中で、企業の理念に沿ったぶれない判断を保ち続けることができるのだという。

人間は成長し、変化するものだから、必ずしもその時立てた個人の理念が変わらないことはない。例えば入社1年目の新人の頃と、10年経った中堅社員の頃、そして退職時の頃で同じというわけでもないだろう。だから、たとえ企業の理念が変わらずとも、1年に1回は見直しをかけて、新しい年の初めには、また新たな個人の理念を書き入れるのだという。中には、互いの理念を参考に見せたりして「俺が新入社員の頃に立てた理念はこんな風だったが、今の若い従業員とは大分違うようだな」とか話が盛り上がり、その話題だけで「結構な従業員教育につながる」とまずまずの成果を見せている。

理念を目標作成に生かす

最近は学業を修めたはずの新入社員であっても、挨拶などの社会人としてのマナーがまったくなっていないという話はよく聞かれる。だから新入社員教育の一環としての「マナー教室」などは大盛況なのだそうだ。かつて礼儀作法などは誰でも子供の頃に家庭や学校で教わったものだが、ある年代以下の若者になるとそれさえ教わった経験を持たないとされる。言わば、心のコップが下を向いた状態のままで、それを上に向かせて他人からのアドバイスなどを受け入れられる態勢を整えてからでないと仕事を教えられないという、年長者には信じられないことが常識となってきていると言われる。

個人の理念の作成は、そんな状態を根底から直すのにも役立つという。個人の理念ができれば、それを長期目標に落とし込んでいくのだそうだ。今では長期目標、中期目標、短期目標と行動計画を作成すること自体、珍しいことではないだろうが、それが形骸化しているところも多いのではないだろうか。だから、もちろんそれを効果あるものにするための仕組み作りは欠かせない。例えば、それら行動目標の作成のサポートをするだけでなく、その時々にチェックし、成果を給与に反映させることが必要となる。要は意思の強い人だけしか目標を達成できないのでなく、弱い人でも自分に流されないようにしてやる仕組みは必須だ。

「仕事が人生」と言える信念を

個人が理念を持つことの利点はそれだけに留まらない。個人が企業に限らず、広く社会にあって何かを成し遂げようと立ち上がったとしても、周囲は必ずしもそれを応援してくれる人たちばかりとは限らない。むしろ何かを変えようとすれば、現状を良しとする人たちが必ずいて、その個人がやろうとすることを妨害するのが常だ。それを乗り越え、目標を達成するための強い信念が求められる。個人の理念はその強い信念を作ることにつながるのだ。

「心・技・体」と言う言葉がある。よくスポーツなどで使われるが、仕事においても同じことだ。最近ではとくに同じ商材が氾濫している中で、差別化のために「ストーリー」を持つことが大切と言われたりもする。例えば「同じ地域にいる私たちが無農薬で作りました」とか「販売金額の〇%は△×に寄付されます」など。しかし、これはその真偽が見えづらく、顧客は「本当かな?」といった疑問を常に抱えている。その疑問に説明責任が求められるが、そうした流れに対応するためにも自分自身をしっかり持って「仕事が人生」と思うくらいの信念が求められる時代なのだ。