トイレにひきこもる従業員

職場環境の改善の一環としてトイレの改装を行った会社がある。従業員数はパートを含めても50名ほどにしかならない中小企業だ。その約半数を女性が占めており、貴重な戦力となっている。それにも関わらず、これまで本社事務所には男女共用のトイレが1つしかなかったということ自体、驚きだった。だから今回トイレを男女別にして、しかも最新の設備を取り入れたということを聞いても、「当然だろう」という程度にしか思わなかった。読者の皆さんもほとんどが同じような感想だろうと思う。

トイレの改装を行った会社も最初、これで従業員(とくに女性)から長年改善項目の筆頭に挙げられてきた問題が解決できて、ヤレヤレと思っていたという。しかし、また別の問題はそこから始まった。トイレは最新式の洋式トイレで、もちろん温水洗浄便座機能付き。便器は表面に加工が施されて汚れや水垢がつきにくい新素材を採用して衛生面でもまったく問題はない。とくに女性用トイレは化粧台もあって広々としている。ところが、最近はこの快適な空間に「ひきこもる」従業員が現れているのだという。

快適な空間になっているトイレ

「ひきこもる」という言葉が適当かどうか分からないが、確かに仕事から一時的に避難する場所としては十分過ぎる空間であることは間違いない。中にいると、職場では手に取りにくいスマホを使って私用メールを確認したり、それに返信を打ったり、昨晩見逃したプロ野球の結果を確かめたり、イヤホンを使えば好きな音楽を聴きながら一時を過ごすことができる。そこまで嫌な上司の目が届くはずもない。この会社ではまだ正式に計ることまでもしていないが、社長は「トイレでの個室の平均滞在時間がどんどん延びているように感じる」と悩んでいる。

私も外回りをしていてビルの中のトイレに駆け込むことがある。最近、使わせていただいた街中のトイレはとてもきれいで、びっくりした。かつてはこんな感じではなかった。トイレと言えば不潔さの代名詞みたいなもので、用を足せば一刻も早く脱出するところだった。ついでにそのビルの中の会社の方と約束していた時間まで少し間があったのでゆっくりしていたのだが、その間3つあった個室はすべてふさがったままだった。そのビルの中で働いている方々なのだろうが、中からは何の音も聞こえてこない。私の頭の中で、「労働生産性」という言葉がよぎった。「一体何をしているのだろう」と訝しく思ったものだった。

ひきこもりに問題の兆候

社会的にひきこもりが増加していることが問題となっている。内閣府の調査によればその数は、15歳~39歳で約54万1000人、40歳~64歳で約61万3000人いると推計されている。15歳~64歳までの人口はおよそ7500万人なので、その1.5%が自宅を避難所にして逃げ込んでいる勘定になる。改めて「ひきこもり」と聞けば何か自分とは関わりのない、遠い世界のように思えても、最も身近にあるトイレでその滞在時間が延びているのを、「プチひきこもり」と考えるなら、身に覚えのある方も多いのではないだろうか。

気になったので私の周囲にも少し聞いて回ると、東京や大阪のような大都会においては、今やトイレが「避難所」になっているのは常識らしい。人によっては自分の行動範囲の中にお気に入りのトイレをいくつか持っているという。以前なら街中の喫茶店がその役割を果たしていたのだろうが、喫茶店で時間をつぶすのに必需品だった新聞や雑誌も、スマホを持っている現代人にとっては不要だ。

社会的なひきこもりが、現在の社会でいち早く何らかの問題が発生していることを知らせる役割をしてくれているとすれば、会社のトイレでの「プチひきこもり」も何らかの示唆を与えてくれていると考えるのが自然だろう。

そして風土改革へ

身の回りの会社や街中にトイレという避難所が多数あり、いつでもそこに逃げ込むことができるというのは慶賀すべきことかもしれない。だが、平時にそれほどの避難所が必要とされる社会は病んでいるとしか言いようがないのと同様、会社においてもそこに逃げ込んでいる従業員が増えているというのは、その会社の風土として考えものだ。

以前に、「風土」という言葉自体がピンとこないと言われたことがあった。言い換えれば、「土壌」とでも言うのだろうか。農業ではいろいろな種を蒔いて、肥料をやって、果実をいっぱい育てて実らせる。ところが、土壌が荒れていると種を蒔いても芽さえ出てこない。トイレの滞在時間の長時間化は、その土壌が荒れているのではないかという警告として受け取らなければならないのではないか。

トイレにひきこもっている従業員にしても、今のままでいいと思っているわけではないだろう。必ず、どこかで改善を求めているはずだ。そうした一人ひとりの意見を吸い上げて、大きな流れを作れるかどうかが大切だろう。ここではそのやり方まで言及しないが、まずそうした行動に出る必要性を見つけられなければ、何も始まらない。
事はトイレにおける滞在時間の長さというささやかな社長の気づきから始まったが、冒頭の会社では風土改革に今、取り掛かったところだ。