気になる仕草

最初にお断りしておくのだが、私は営業のプロではない。だが、営業の担当者と同行したり、逆に社にいると営業を受けることはよくある。最近も他社の営業の担当者とある企業へ同行して気付いたことがある。その営業担当者はもう若くもなく経験も十分に積んでいるはずなのだが、日頃から成績が思わしくないとされていた。相手先の企業からは経営者が出てこられ、約20分間ほどの間に私の用件が終わると、挨拶もほどほどにして退席された。同行していた営業担当者は、まだ自分の用件を済ませていないのに、「忙しかったのでしょうか」とその企業を出た後で怪訝そうに振り返っていた。

しかし、私には何となく社長が退席された理由は分かっていた。それは、話し合いの途中で示しているその営業担当者の態度にあった。彼は私と社長が話し合っている間、腕時計をチラチラ見たり、視線を相手に合わせていなかったりで、まったく私たちの話に集中している様子はなかった。私は彼の横に座っているのでそれを微妙に感じただけだったが、真向かいに座っていた社長からすれば、もっと明らかにその営業担当者の集中力のなさを見通していただろう。そのことが分からない彼は、これから先も営業成績が上がることはないのでないかと考えさせられた。

視線一つで話の腰を折りかねない

商談や交渉、会議や会合において、言葉以外のメッセージを感じ取ることの大切さは今更いうまでもない。この無意識のメッセージを相手から受け取る時はもちろんだが、逆に、自分が発しているそれについても、自覚しなければならない。先の腕時計を見る仕草一つとっても、こちらが何か次の約束に向けて時間を気にしている、と受け取られる可能性は大きい。神経の細やかな方であるほど、その仕草を見て話を早めに切り上げようとするだろう。だから営業の世界は厳しい。これは決して極端な話でもないだろう。営業マンたるもの、商談中はたとえ壁の時計であっても見ないことは基本的なマナーとして心得るべきだ。

営業ではないが、私も人と会う回数を重ねると、自然に体内時計が敏感になっておよそどのくらいの時間が経ったかは分かるようになったものだ。それでも商談の進行などのためにどうしても時計を見なければならない時は、予め時計を外して机に置いておけばよい。そうすれば、机の上の資料に目を落としたりメモを取る瞬間に、目の隅で相手に気づかれずに時計を見ることができる。その他の行為も同様である。経験を重ねるとは、ただ言葉だけ巧みになるのでなく、自分の体全体を使って今何を相手に語ろうとしているのか、どうすれば相手に自分の想いを伝えられるのか、その細やかさを学ばなければ良い営業マンにはなれない。

問われている人間力

さらに言わせてもらうと、これらのことは単なるテクニックの問題ではない。自分のプロフェッショナルとしての力量や人間力が問われていることでもある。「何もそこまで言わなくても」と思われるかもしれないが、相手が一流のプロの場合―それは何も経営者に限った話ではなく、一担当者であっても、言葉以上に何気ない視線の動きや表情の変化、仕草や動作を通じて、自分の心が相手に透けて見えてしまっていることの「怖さ」を知らねばならない。相手の話を聞いているはずが、逆に相手は自分の言葉以外のものから無言のメッセージを受け取っているのである。

相手が話をしている時に、自分が今、相手からメッセージが発せられているとばかりに気を取られていると、自分が無意識に発しているメッセージに対して無自覚になってしまう。その無自覚になっている分、相手にはこちらが深層で感じていることなどが伝わりやすくなってしまうのだ。私も時々セミナーをして、何人かの前で話をすることがあるが、聴衆の様子を見て話の内容を変えることがある。私でなくても、ある程度セミナーに慣れた講師の方ならよくあることだ。このため、当初予定していた内容とは異なってしまったりもするが、その方が聴衆には受けが良くなったりする。

すべてに通じる仕事に対する姿勢

このセミナー講師などは典型的な例なのだが、営業であっても基本は同じこと。よく営業は商品やサービスを売るのでなく、実は自分自身の「人間」を買っていだくのだという話を聞かれたことはあるだろう。自分がどんな人間かを示すのは言葉だけではない。全身を使って訴えるのだ。そう思えば、営業の場ももう少し緊張感を持って臨むことになるだろうし、営業という職業に対しても面白く取り組めるのではないだろうか。

これを書きながら私の新入社員の頃のことを思い出していた。入社にてまだ間のない頃、よく先輩社員について外回りをした時、「君は何もしなくていい。ただ横に座っていればよろしい。但し、相手との話し合いの最中は一瞬たりとも気を抜くな」と言われていた。当時はその意図するところまで考える術もなかったが、今ならそれも良く分かる。当時から良いことを教わっていたのに、それにほとんど気づかずにいた。営業だけでなく、あらゆることに通じる心構えとして、改めて肝に銘じているところだ。