元号代わりの年のジンクス

「平成」の時代も残すところあと2か月を切った。これからはいろいろなニュースに、「平成最期の」という修飾語が付くのだろう。すでにその兆候は表れているが、何でもないニュースにまで「平成最期の」と付けられると、わざと意識を向けさせようとしているようでちょっとしらけてしまう。その元号代わりの年は、国家として大切な節目である一方で、明治以来、国内外で様々な混乱が起きるジンクスがあると心配するのは考え過ぎだろうか。

例えば、昭和から平成に代わった年(西暦で1989年)は、バブルの崩壊や中国の天安門事件、ベルリンの壁崩壊などが起こった。大正から昭和(西暦1926年)はその翌年に金融恐慌が始まり、芥川龍之介の「ただぼんやりとした不安」による自殺などもあった。何より激動の昭和への幕開けとなったのだった。明治から大正(西暦1912年)はその前年に中国で辛亥革命が起こり、世界的にも第1次世界大戦を前のきな臭さが漂っていた。

中国はどう動くか

そして、平成から次の時代へ向けてもまた難問が山積している。まず3月1日には米中貿易戦争の「休戦期間」が終わる。(この原稿を書いている時点ではどうなっているのか分からないのだが)この貿易戦争は赤字や関税という問題とは別に、知的財産権が深く関わっていることが特徴とされる。中国は最先端技術など他国の知的財産を「不正に」取得しており、アメリカもこれに対して強く抗議しているところだ。しかし、この知的財産については中国にとっても自国の存亡を握る大切な鍵となるため、簡単にそれを手放すとは考えられていない。

また、中国の動きで注目しなければならないのは、北朝鮮や台湾との関係だ。北朝鮮は言うに及ばず、驚くべき内容としては台湾に向けた「1つの中国」の考えのアピール振りだ。いくら「台湾同胞の利益と感情に十分配慮する」「私有財産や宗教信仰の自由などは十分に保障される」としても、香港の現状を見る限り、「一国二制度」の将来は危ういものと思わざるを得ない。香港で自由を訴える活動家たちは、ある日拉致されて行方不明になってしまっている。中国共産党に批判的な本を出した出版社の社長は突然拘束され、自由選挙を求めてデモを行っていた学生たちは取り締まりを受けて弾圧されている。

イギリスの「シンデレラ現象」に注目

米中貿易戦争と並んで直面する大問題は、イギリスのEU離脱問題かもしれない。イギリスが2016年の国民投票でEUからの離脱を決めたのは周知の通りだが、その実施期限が3月29日に迫ってきている。2020年12月を目途に移行を終えて円満に離脱するというのがメイ首相の当初の計画だった。しかしEUとイギリスはこの離脱協定に合意を得たものの、イギリス議会は一旦は圧倒的多数でこれを否決し、いまだにEUとの合意ができていない状態となっている。イギリス国内は国民投票をもう一度やり直して離脱を阻止しようとするグループ、メイ首相の案を支持するグループ、EUとの合意がなくても離脱するべきとするグループと大きく3つに分裂している。

イギリスはEU諸国の中でも軍事面での貢献は大きく、とりわけEUがこれまでロシアやイスラム諸国と渡り合えたのは、イギリスの力に寄るところが大きかったとされている。イギリスの交渉術として、伝統的な「シンデレラ現象」といわれるものがあるとされる。つまり、約束の期間ギリギリのタイミングを見計らって、ようやく本気の交渉に入ることを指すのだが、EU諸国だけでなく日本ももちろんこの結果に大きく影響を受けることを考えると、これから一瞬たりとも目を離すことはできない。

国内でも難問山積

国内においても10月には消費税の引き上げが予定されているが、世界経済の動向に不安な要素が広がっている中で、政府には慎重な対応が求められている。安倍首相がその消費増税以上にひょっとして気をもんでいるのが7月の参議院選挙かもしれない。万一ここで与党が議席の3分の2を割り込みことになってしまえば、安倍政権の宿願である憲法の改正がさらに遠のくことになってしまう。そこで、6月に日本で開かれるG20に合わせて予定されている日露首脳会談で日露平和条約締結へ向けての大筋合意ができたら、「戦後日本外交の総決算」が成就したことを選挙でもアピールすることができる。

それらを5月にある改元、新天皇の即位という重要な国家行事を行った上で本当にできるのか、強硬に押し進めるとすれば、与党間でも音を上げることがあるかもしれない。特に公明党などは今からも牽制する動きを見せており、なかなか一筋縄ではいかないことが予想される。

ざっと目を通しただけでも、これだけの課題がある。これを経済、産業界としても乗り切っていかねばならないのだ。物事を悲観的に見ると、すぐに「それは大変」とばかりに先行きに対して慎重な見方が多くなるのだが、日本にいる外国人ビジネスマンから見ると「日本人はもっと自分たちの持つ適応力や強靭さに自信を持っていいのではないか」ともよく言われる。是非そのように前向きに取り組んでいきたいものだ。