腹いせから始まる

ある有名な飲食店の創業者の話だ。まだその飲食店を立ち上げたばかりのころ、客が入らずヒマで仕方なく、近所を空っぽの岡持ちを下げて自転車で走り回ったそうだ。それを見た近所の人たちが、「あそこは忙しいみたい。きっとおいしいのだろう」と噂し合い、やがて本当に忙しくなっていったという。

その走り回るきっかけとなったのは、店が流行らないことで妻と口論になり、その腹いせだったというから面白い。何がどう関連して、物事がうまく流れるようになるか分からないものだ。この飲食店というのはお好み焼きチェーン店の千房で、創業者とは中井政嗣氏その人のことだ。

嘘が真に

中井氏はいう。「商売というのは、不況でも何かあそこは景気良さそうやなあという、この『良さそうやなあ』というのが大切なのだ」と。「景気が悪いからといって、しかめっ面をしていたのでは集まる人も集まらない」。なるほどニコニコしている人の側へ、人は吸い寄せられていくものだ。

「形から入る」という言葉がある。物事に新たに取り組む際、その意義や内容よりも、外見や格好などの体裁を繕うことを指すことが多いが、こうしたお話を聞いたりすると、「それも案外いけるかも」と思ってしまう。嘘でも「お前だけが頼りやから」といわれると、本当に頼られる人に育っていったりする。

心は後からついてくる

茶道、華道、書道などといった世界もまず作法から始まる。剣道や柔道も形から入る。形から入り、段々とその真髄に触れていくわけだ。店先を掃除するのも、人に挨拶をするのも、お客様に頭を下げるのも、まず体が自然に動くように身に付けることが大切だ。たとえ始めは理解できなくても、理屈は後から考えれば良い。

それを「そんな心にもないこと言えない」とか「そんな心にもないことできない」とか言い出すから、今、直面している問題が打破できない。いつまでたっても心も形も整わず、状況は変わらないままだったりする。毎日必ず挨拶をする、履物はきちんと整える、ということから始めて荒れた高校を立て直した例もある。

形の重視はあらゆるところから

シリコンバレーを中心に米国では革新の邪魔をしないためのオフィスの形を、重要な経営課題ととらえる流れが強まっているそうだ。北米トヨタもこれをふまえ、革新を生むオフィス作りに取り組んでいるという。 

そういえば、大阪市内のある部品加工メーカーは、社内の至る所に社是や今月の経営目標、注意事項など、大きな額に入れて貼り出している。「こうすれば皆嫌でも毎日目にするでしょ。読むところまでいかなくても、何か困ったことがあったときに思い出してくれれば」とその顧問。

形をバカにしている余裕はないと教えられる。