誰も手を出さないことに挑戦する

私事で恐縮だが、私の妻が今、入院している。別に妻に限った話でなく、患者は藁にもすがる思いで(といえば、かかっている医者には失礼だが)、若い医者に対しても自分の命を託す。妻の担当医は、「『この医者なら何とかしてくれる』と思われたら、助けないわけにはいかない」と、頼もしいことを言ってくれる。

同じことを、「下町の町工場」で有名な岡野工業の岡野雅行社長も話す。岡野工業は東京で金属加工業を営むが、誰も手を出さない難しい仕事を引き受けている。
もちろん、持ち込まれた仕事を100%引き受けているわけではない。60%の確率で可能だと思えば、初めて仕事を引き受けるという。

成功するまで努力をする

例えば、自分が経験してきた仕事であれば、人は誰でも「これならできる」と思う。反対に、経験したことのない仕事に対しては、「できるかどうか分からない」、もしくは「できない」と腰が砕けてしまう。
しかし、ここが分かれ目だ。岡野氏は頭からできないと決めてかかることはしない。

それで、仕事を引き受けてしまうわけだが、驚いたことに失敗したことはないという。
誰も成功したことのない困難な仕事に挑むわけだから、もちろん途中で何度も失敗をする。

しかし、それは開発過程の失敗であって、実際にはトライ&エラーの連続なのだという。岡野氏はここで絶対にあきらめない。成功するまで開発を続ける。

コスト意識が強すぎるのはダメ

金型やプレスの依頼が来た時、「コストが…」とか考えない。採算は度外視してやってみる。失敗を重ねても、最終的に完成させる。「考えることで、自分で自分の可能性を見出す。これが技術なんだ」と岡野氏はいう。
それなのに「コスト意識が強かったり、最初からできないと思う奴が多すぎる」と嘆く。

岡野氏は、特に「痛くない注射針」の開発で有名だ。その直径は0.2㎜。液が通過する針穴の内径は0.08㎜。世界で最も細く痛みのない注射針を生み出したのだ。さらにこの注射針は、根本から先に行くほど細くなるというテーパー形状にする工夫を施し、液が張りの中を通る際の抵抗を低くしている。

守りに入らない

これなどは感嘆すべき成果といえるが、岡野氏は決して現状に満足することはないという。「やっぱり男ってのは、いくつになっても冒険家なんだよなあ」と。そうだ、男は冒険家なんだ。守りに入っちゃだめなんだと勇気付けられる。
岡野氏はこれからも新たな革新に挑み、世間をあっといわせるに違いない。

妻はまだ闘病生活を続けている。でも担当医の判断、処置は、いつか妻をまた元気な姿に戻してくれると信じている。少なくとも、その担当医の心意気には疑問を差しはさむ余地がない。私もこの医師や妻の頑張りに恥ずかしくない姿勢で仕事に臨みたいものと考えている。