生産性の向上

政府が掲げる「働き方改革」で長時間労働の是正が喧伝されている。

すでに「働き方改革」に取り組んでいる会社を対象にしたある従業員調査によれば、「満足している」が1割ほどなのに対して、「不満がたまっている」が3割と大きく上回っている。

具体的には「仕事がより過密になり疲労が増加した」「サービス残業の増加」など、予想される回答が続く。


労働時間を減らすだけでは経済は停滞しかねない。
労働時間の短縮は当然生産性の向上、競争力の強化につながらなければ持続的な取り組みにはならない。

長時間労働の是正という形を整えるだけに終われば、かえって百害あって一利なしといった結果に終わる可能性がある。

無駄の効能

生産性を追求するとなると、どうしても時間管理が厳しくなった窮屈な状態が想像される。

しかし、私自身を振り返って見ても、余裕がなければ仕事に広がりがなくなってしまう。
「忙しさの中から工夫が出てくる」ということもあるが、それは今ある仕事の中での話しだ。

将来の仕事の展望はある程度の余裕の中から見えてくるものだし、そこに新たに挑戦する意欲も持ち上がってくる。

車のハンドルに遊びが必要なように、仕事にも”遊び”が求められる。
ハンドルの場合、遊びがないとちょっと切っただけでタイヤが動いてしまい非常に運転しにくい。
また、一般道を走るときは道路の凹凸でタイヤが動き、それがハンドルに伝わってハンドルが常時震えてしまうそうだ。

バランスが生む妙

結局、時間管理しなければならない部分と、余裕を持つ部分とのバランスが求められるように思う。

研究所などでは時間の何割かを自由な研究に割くことができる、というような管理方法も紹介されているが、それにしても何となく腑に落ちない。
結局、それだけでは時間で管理されていることに変わりないからだ。

もちろん手を抜いて80%の力でやるべきという意味ではない。

目いっぱい120%仕事を頑張るのはいいことだし、情熱を持ってやることが必要だ。

しかし、複雑な社会構造、技術の進歩の速い中で仕事や人生を乗り切っていくには、長期間走る車のハンドルに遊びが必要なように、考え方や心にもどこかに余裕を持つことが必要だ。

数値管理だけなら管理者はいらない?

数値で管理することにはメリットもあるので一概に否定はしないつもりだが、どうしても管理する立場から見た都合が押し付けられているのではという感じが拭えない。

端的に言ってしまえば、管理するのが簡単だから数値を利用しているといったことになっていないか。

管理者なら「簡単だから」数値で管理をするのでなく、本来、内容で管理することを考えるべきだ。

今回の「働き方改革」で長時間労働の是正が数値目標になるのは理解できるが、生産性の向上などまでが数値管理だけで終わるようだと、それは先の調査の「不満」を高めるだけに終わりかねないと本気で危惧している。