成長するのはかくも難しい

新型コロナウイルスの感染拡大下においても一人で事業を行っていると、相変わらずさまざまな雑用に追われる毎日を送っている。そんな私を見たある取引先の社長からいただいた言葉がある。「社員が数人までの生業レベルの社長は、今月の成果のために現場の仕事に追われる。社員が5人~10人の家業レベルの社長になると、3か月先の成果のために営業ツールや人材教育などの仕事に取り組む。これが社員が30人以上になるような企業レベルの社長は、1年先の成果のために人材採用や組織、そして仕事のさまざまな仕組み化などの仕事に取り組む」。

その社長は私が目先の仕事にばかり振り回されている状態が続いているのを見て、見るに見かねてそのような言葉を教えてくれたのだろう。実際、私も起業して4年が経つものの、会社としてはまだまだで数年先の成長なども覚束ない状態だ。少し古いデータだが、手元にある2006年の中小企業白書によると、新たに起業したビジネスの約3割が1年以内に倒産・廃業しており、5年後に存続しているのはたった37.6%だそうだ。そのほかにも、設立後10年以上存続できる会社は6%で、20年続く会社となると0.3%しかないという説もある。企業が生き残るのは本当に難しい。

目標がすり替わっていないか

起業家なら事業を大きく成長させることを夢見るのは当然だろう。最初からただ食べていくためだけに起業する人などほとんどいないに違いない。食べていくためなら、どこかに勤めて給与をもらっているほうがよほど安定した生活が送れるし、面倒なことを考えずに済む。実際に起業した人であればこのことは実感として強く頷いてくれるだろう。しかし、起業した後、売り上げが思うように上がらず、資金繰りに苦しみ、従業員の問題に悩んだりしているうちに、いつの間にか会社を存続させることが目標にすり替わってしまっていることがある。

皆さんの会社はどうだろうか。起業の成功については、それぞれにいろいろな定義をお持ちかもしれないが、最も素直に考えればそれはビジネスを成長させることにあることなのではないかと思う。そのビジネスの成長においては、一般に①幼年期、②青年期、③成熟期の3つの段階を踏むとされる。幼年期とは社長の目の届く範囲で事業が行われている状態を指す。青年期は社員を雇い組織ができる時のころ。社長の目の届かない範囲が出てくる。そして成熟期は社長が不在でも機能する会社になっている。私の会社はもちろん、幼年期にあってあがいているところだ。

仕事内容を仕分けする

これら3つの段階の壁を乗り越えるためには、それぞれの段階で社長が自らの仕事を変化させていかねばならない。いつまでも目先の仕事に汲々としているだけでは、成長できないのだ。そこで私の反省も込めながら社長の仕事を振り返ってみる。

仕事の内容は①緊急性が高く、かつ重要性も高い仕事、②緊急性は低いが重要性は高い仕事、③緊急性は高いが重要性は低い仕事、④緊急性が低く、かつ重要性も低い仕事、の4つに仕分けできる。ここで多くの人は①の仕事や③の仕事に振り回されてしまう。つまり緊急性の高い仕事だ。「すぐにして!」「至急!」という要求を無視するわけにはいかないからだ。

しかし、本当に大切な仕事は②の緊急性は低いが重要性が高い仕事、にあると言われる。なぜなら、最も大切な仕事に挙げられがちな①の緊急かつ重要な仕事も、②の仕事を怠ったことにより生じるものが多いからだ。②の仕事をすることで①の仕事を減らすことができる。この②の仕事をするのが社長の仕事に他ならない。ところがこの②の仕事を「緊急でないから」という理由で放置することが多いから、企業の成長が止まってしまうのだ。それに取り組む時間は作らなければならない。①の緊急かつ重要な仕事は幹部の仕事として、③の緊急性は高いが重要性は低い仕事は従業員に任せるのだ。そして、④の緊急性も重要性も低い仕事は無くしていかねばならない。

社長の仕事は…

例えば、会社や事業の在り方などの戦略立案は社長の仕事。戦略を実行するのは幹部の仕事。優秀な人材を採用するのは社長の仕事。採用した人材を育成するのは幹部の仕事。組織作りは社長の仕事。作った組織や人を生かすのは幹部の仕事。…といった具合だろうか。これができなければ、企業の将来はない。

「そんなこと言われなくても分かっている!」と怒られるかもしれない。しかし、頭では分かっていても実際には現場を離れることができない社長がいるのはどうしてか。それは現場仕事を幹部や従業員に任せないからだ。任せることが不安なのだろう。その気持ちは良く分かる。実際に任せたが売り上げが落ちてしまったという方もおられるかもしれない。あるいは仕事の質が落ちた、クレームが出てしまう、顧客から直接社長宛に指名が来てしまう…。

私に冒頭の言葉を教えてくれた社長は、「従業員が自分より能力が劣っていても、それは当たり前(社長が従業員より仕事ができて当たり前)。従業員ができる仕事量はせいぜい社長の3分の1と決まっているもの」と教えてくれた。「その従業員でも問題なく仕事ができるように仕組みを考えるのが社長の仕事だよ」と。皆さんは社長としての仕事ができているだろうか。