思いがけない明暗

個人で仕事をしていると組織の中の人間関係に煩わされなくていいですねとよく言われる。確かに私も会社員生活をしていた時は、社内の人間関係に随分悩まされた。どうして仕事本来のこと以外でこんなにも悩まなければならないのかと思ったほどだ。正直に言うと、独立して仕事をしようと思った理由の一つが、まさにこれで思い切り仕事に賭けることができるという期待だった。しかし、周囲の人間関係に煩わされなくなっても思っていたほど本来の仕事に集中できたわけではなかった。もう少し正確に言うと、人間関係は別に社内でなくても、これまで不要だった社外との付き合いによる新たな人間関係が必要になり、人間関係の問題そのものから解放されたわけではなかった。

むしろ、自分の得意とする仕事だけでなく、営業やそのフォローから、何から何まで自分一人でしなければならなくなって、むしろ煩わしさは増えたほどだ。しかし、「こんなはずではなかった」と思う一方で、苦手なことであれ何であれ、それにどれだけ取り組んだかの成果が直接に自分の身に降りかかってくるという面白さというか、醍醐味は何物にも代えられない。これからもし独立を考えている人がおられるのなら、人間関係に限らず、実際に独立した時に見込んでいたことが違っても、それに挫けることなく別の明るい面に目を向けて頑張って欲しいと思う。

言葉の重み

そんな私が今、痛切に感じているのは、言葉の重みだ。特に私がしていることというのは専門サービス業というやつで、あえて言えば、弁護士とか、会計士、税理士といった類の部類に属する。最近はそれらいわゆる「先生業」に従事する人が増えているのだという。実際、先に挙げた先生業を営む数は、10年前と比べて軒並み増えており、勢い価格競争が激しくなっているのだと聞く。ちゃんとした先生業でさえそんな状況だから、私のような怪しい世界では、その競争の激しさはなおさら推して知るべしだ。

こうした世界でのサービスは、普通に店頭に並ぶ商品などと違い、その先生がどの程度の技術を持っているのか、そしてどの程度のサービスを提供してくれるのか、予め知ることが難しい。画家やイラストレーターなら、今までに制作した代表的な作品を見れば、大体の予想はできるかもしれないが、そうしたことがまったくとは言わないまでも、ほとんどない。そうなると、見込み客はそれぞれの先生に対して抱く「期待」で契約を結ぶことになってしまう。もともと先生業では営業が得意という者などそうそういるわけではない。だからなおさら、その期待するイメージを少しでも良くするのに、どうしても「言葉をつくる」力が必要になっている。

1分間でアピールできるか

営業は苦手でも「じっくり話をすれば分かってもらえる」「目の前で話ができれば契約につなげる自信はある」という先生は多い。しかし、その機会がないことで困っているのが実は大半なのではないか。だからその場を作るための見込み客を最初に引き付ける、自分を伝える言葉づくりが大切になるのだ。とはいっても、別に誇大広告のような文章を書こうというのではない。早い話、1分間で、あるいはそれより短い時間でどれだけ自分の価値を伝えられるだろうか。1分間と聞いて、「ほとんど何も伝えられないじゃないか」と思うのは早計だ。それは人の興味を引き立てるには十分な時間だ。

ただ、そのためにはやっぱりコツはいる。まず、自分に興味を持ってもらえるような肩書とキャッチコピーを作ることだ。例えば、中小企業診断士の先生であっても、肩書を「市場開拓ができる中小企業診断士」、キャッチコピーが「最短90日で売上を2倍にする3つの能力」とあればどうだろう。名刺にただ、中小企業診断士と書くだけなのと比べると、大分インパクトは異なってくるだろう。その上で、なぜそんなキャッチコピーがうたえるのかの理由を、プロフィールとして簡潔に述べることができれば良い。もちろん、ウソはご法度だ。本物の経験があるからこそ、訴える力が生まれる。

口コミのポイントは「共感」

念のために、肩書やキャッチコピーで押さえておくべきポイントをお話しすると、それには3つある。まず一つが、誰向けなのかがすぐに分かることだ。そのサービスが自分のためにある、と分かってもらえることが大切だということだ。そして、二つ目が、メリットがすぐに分かることだ。先生業であれば、大体することは決まっている。税理士であれば税務のことに携わることに間違いはない。ただ、そこで、例えば特に「節税に努める」ということが分かれば、毎年税金で悩んでいる社長には魅力的に映るだろう。そして三つ目は、具体的であることだ。同じ節税をするのでも、「最低30%はできます」と言われれば、先生に賭ける期待も大きくなる。

このように、見込み客に伝えるべき内容がはっきりして、簡潔にまとめることができれば、後はWebなどを使うノウハウにもよるが、口コミで情報は伝わりやすくなる。今、先生業を中心に例を挙げさせてもらったが、何もそれに限った話ではない。普通の企業においても、誰に、何のメリットを伝えるのかは最も基本的なところで大切なものだ。一つ最後に注意しなければならないのは、それが自慢になっていないかということだ。肩書とキャッチコピーまでは良いとして、その裏付けとなるプロフィールが自慢話のようになっていては、それを見た人、聞いた人はしらけてしまう。口コミが伝わるポイントはあくまで「共感」にある。そうした人情の機微を知ったうえで、伝える言葉、伝えたい言葉を見直してみるといいだろう。