欲しいものがない時代

新型コロナウイルスの影響で在宅の時間が増えている。以前ならちょっとしたことでも近所のコンビニやスーパー、それにちょっと車に乗ってホームセンターや家電量販店、衣料専門店などを覗くこともあって時間をつぶしたりしていたが、今はそれもはばかられる。そうしてじっとしていても、特に普段の生活に不都合はない。「これはやっぱり本当に欲しいものがないということなのかな」と思ったりする。そうはいっても、ネットで買い物ができる時代だから、家にいても何かしら買い物はしているんじゃないのかと思われるかもしれないが、そうそう頻繁にネットを開けて眺めているわけじゃない。

マーケティングでは「お客様のニーズ」という言葉が頻出するが、今の時代、本当のニーズなんてもうないのかもしれないーというのは極端かもしれないが、モノを買ってもらわねばならない企業にとって難しい時代であることには変わらない。モノが売れないと、つい価格を安くすることを考え勝ちだ。しかし、他社がそれより安くすれば顧客もそちらに流れてしまうだけだ。値下げをすれば当然利益も減って、ゆくゆくはありえない事故や不祥事を招く元にもなる。もうありきたりな広告では見向きもされないし、さてどうしようかと悩む経営者は多い。

当たり前の広告では効果はない

広告が効かなくなったという声は多い。本当のところは「普通で当たり前の広告は効かなくなった」というのが正しいのだろう。とにかく私たちに欲しいものがなくなった半面、生活する中で触れる情報の量が多過ぎる時代だ。こんな時代に商品やサービスを売るには、それが他のものと何が違うのかを「ストーリー」にして語ることが効果的であり、欠かせなくなっている。例えば、同じ焼き鳥を売ろうとしても、一方は「厳選した素材でおいしい焼き鳥」、他方は「焼き鳥一筋30年の店主が一本一本魂を込めて焼き上げた焼き鳥」があった時、そのどちらを選ぼうとするだろうか。

普通は後者を選ぶのではないだろうか。何故か。それは後者には「ストーリー」があるからだ。「焼き鳥一筋30年の店主」は、それまでいろいろな焼き鳥を試してきたはず。時には失敗もしただろうが、その試行錯誤の結果、今のこの焼き鳥が生まれたのだろう。しかも、その店主は売り上げ第一にしているのでなく、「一本一本魂を込めて」提供することに喜びを感じている。そんな焼き鳥がまずいわけがない。と、顧客は実際に食べる前にすでにその焼き鳥をそこまで考えている。こうした「ストーリー」があると人は感情を動かされ、買いたくなる気持ちが高まる。

人の心に突き刺さるもの

そのような話をしていると、それじゃ「うちもそれを作ってよ」とよく言われるのだが、大切なのはウソはいけないということだ。ウソは絶対にばれる。ばれたら、それこそその会社にとって致命的なダメージを与えることになりかねない。焼き鳥で言えば、実際にはしていないのに「全国の有名地鶏を食べ比べて素材を選びました」と訴えるのは、絶対にダメだということになる。ここまで言うと、「じゃあ、うちにはどんな『ストーリー』があるんだ」と考えてもらえるようになるのだが、それこそが大切なところだ。自分で独自の「ストーリー」を作る必要がある。できれば人の心にグサッと突き刺さるようなやつを。

そのストーリー作りの手順をお話しするのだが、ちょっと遠回りするような形になるが辛抱してもらいたい。まず大切なのは、自分が何故その商売をしているのかという「志」を再確認することだ。それは経営する会社が何のために社会に存在するのか、世の中に向けて発信する「大義」のことだ。これをきちんと発信できている会社は意外に少ない。明確な「志」があれば、自分だけでなく社員のモチベーションも上がる。

続いて必要な2つ目は「独自性」だ。いくら「志」が立派でも、他社と同じ商品やサービスでは顧客はついてきてくれない。

志をエピソードで添える

そして、最後の3つ目に必要なことは「エピソード」だ。これは実際にあったことで、1番目の「志」を象徴的に現わす魅力的なものであればよい。焼き鳥の例でいえば、例えば店主は「地域密着型」で「安心でおいしいものを提供する」ことを「志」にしていて、「地元で飼っている鶏肉しか扱わない」。しかもそれを焼く時には「備長炭」を使い、「タレも独自に作ったものしか使わない」という「独自性」を持つ。「店主はこのタレを作るのに、毎日店が引けた後で何時間も厨房にこもっている。それは店主の妻を亡くした時もずっと続けられた」という「エピソード」があるといった具合だ。なお、これは実際にあった店の話だ。

今、新型コロナウイルスの感染拡大で崖っぷちに立たされている店や会社は多い。しかし、「ストーリー」を作る観点から考えると、不謹慎かもしれないがこのピンチは絶好のチャンスでもある。こうした本当のピンチに立たなければ、なかなか普段は楽な方向に流されることが常で、今までのやりかたに固執し勝ちだ。顧客の琴線に触れるストーリーはこうしたピンチをどう乗り切るかという過程の中で生まれる。もし、「あなたの会社の『志』は?」と聞かれて、すぐに出てこないようであれば、この機会にぜひ「ストーリー」作りを試みられることをお勧めしたい。