目標は高く

大阪府内のある機械部品加工を行っている中小企業を伺った時の話だ。その時に応対していただいた常務は、創業者で社長を務める父の下で、長男として将来の事業継承をしっかり意識しておられた。その常務が、今期の目標は「生産効率の3割アップ」だという。私は3割とはまた大幅な目標を掲げたものだと思い、常務に「何か具体的な施策があるのですか」と聞けば、「そんなものはない」と一言。その代わりに返ってきたのが、「見込みがあって掲げた数字ではない。ただ、こうしなければ、うちの会社は激しい競争に勝って、生き残ることができないのだ」との悲壮な決意だった。

これを聞いた時、私は大げさだが感動した。目標を掲げる時、皆さんならどの程度の目標を掲げるだろうか。あまりに高い目標を掲げても、それが未達で終わった時のことが頭をよぎり、つい手に届きそうなそこそこの水準にまで目標を下げたりしていないだろうか。冒頭の会社のように、合理化はどの会社でも毎年のように行われている。今に始まったことではないのに、あえて「3割」と目標を掲げても、現場からは「あれはできない」「とてもムリ」「その理由は…」とできない理由が並べられるのは分かり切っている。そのことが分かっていても、あえて目標を高く掲げることに意味がある。

常識の非常識

先の常務は、「私も人間です。できない理由は大体分かっているし、それを聞けば『できないことは仕方ない』といいたくもなる。そうすれば、部下に対するウケも良くなることは分かっている。しかし、それでは会社はどうなるのでしょうか。部下の言い分を聞くだけの“話の分かる上司”面をしていると、生産効率は3割アップどころか1割アップも難しいでしょう」という。その話を聞いて、まさにトップがどのような思いを掲げるかによって、会社の盛衰が左右されるという現実を突きつけられた思いがした。今更ながら、ムリのない目標を立てて達成したことを喜んでいるのは、アホみたいに感じられた。

冒頭の会社の話はつい1か月ほど前の話なので、その目標に対する進捗もそんなに変っていないだろうが、先行き大きく発展していくのではないかと思わせられた。考えてみれば、いろいろな業界でトップを争っている会社というのは、ほとんど冒頭の会社のように目標を立てて、“生き残るために”それこそ必死で行動してきたのに違いない。それを考えれば、目標の立て方について「実現不可能なものはダメ」とか「皆が納得するものでなければ…」などと、そもそも自分たちの過去の実績からしか判断できないのであれば、会社の発展はもちろん、これからの時代は生き残ることもできなくなるだろう。

ムリ、ムジュン、ムチャに満ちた目標

古い例えで申し訳ないが、世界の名機と言われるゼロ戦や、東海道新幹線、米国のアポロ計画などを見ても良くわかる。
ゼロ戦の開発当初の戦闘機の速度は一般に170ノット程度だったとされる。軍の要求はこれを200ノット以上に、そして空戦性能を極端に重視し、航続距離3000㎞に持っていけという命令だった。おまけに20㎜の機関砲をつけろという。どれ一つとっても容易なことではなく、どこに実現可能な見通しもなかった。あったのは「戦争に勝つ」という至上命令だけだった。

東海道新幹線はそれまで最も早い“こだま”が平均時速86㎞、東京―大阪間を6時間余りで走っていたのが、平均時速170㎞、最高時速200㎞、3時間で走らせようというものだった。しかも全長518㎞を5年という前代未聞の短工事で完成させようというものだった。誰も失敗は犯したくない。安全を考えて目標を立てようとしたなら、せいぜい5時間を切るくらいがオチだったのではないかとされる。

米国のアポロ計画にしても同じだ。人類を月の表面に降り立たせることに巨費を投じることを「何の意味もない」という考え方もある中で、明確に期限を区切って、しかも実現してしまったのだ。

ムリを通す

いずれも、掲げた目標は「ムリなもの」「これまでの常識から考えるとムジュンに満ちたもの」であり、「ムチャクチャなもの」だった。そこにあるのは、会社や国が、“こうしなければ生きられない”という、死に物狂いで事に当たる姿勢だった。そこに目標に対する考え方の大切さが見えてくる。私たちは誰にでもできることをするために、目標を掲げるのではない。はじめから実現可能なものなら経営者などいらない。会社が生き残るためには、不可能なことにもあえて挑戦し、実行していくしかないのではないか。低い目標に満足しているのは、その事実にあえて目をつぶっているだけだ。

人間は“不可能だ”“ムリだ”と思い込んだら、その瞬間から努力をしなくなるものらしい。できないことはやってもムダだからだ。そして、このことが努力不足をカバーし、責任を逃れる口実として利用される。これで自己保身ができるのが普通だから、怠け者にとってはこんなにありがたいことはない。経営者なら何はともあれ、まず生き残るために何が必要なのか、何をしなければならないのかを改めて見つめ直し、その事実を従業員たちに認めさせなければならない。そうしてあるべき目標づくりを行うことこそが、今、最も必要とされているのではないだろうか。