良い質問は思考を刺激する

質問をすることにネガティブなイメージを持つ人が意外に多いことに驚かされる。質問すること自体に、何か相手に対して失礼になるとか、反対と捉えられるのではないかと考えている傾向があるのだ。これはどうしてだろうと思うのだが、ひょっとしたら小さなころ、小学生時代にでも、両親や先生の話を一方的に聞かされてきた子供時代に育まれたものなのだろうか。確かに、私も質問することで自分の価値感や実力が測られてしまうように感じることはある。そのために「何か質問のある人はいませんか」と言われた瞬間に身体がこわばってしまうのだ。

さすがにそんなことを続けていては仕事が前に進まないため、段々そんな傾向も克服してきたと思ったりすることもあるが、すぐになかなかそんな甘いものではないことに気付かされる。自分の性格とも関係しているとなると、そんなに簡単に性格を変えられるものではないということかもしれない。それはともかく、質問をするということは、相手の扉を無理なく開けるために必要不可欠なものだ。良い質問は相手の思考を刺激する。考えながら答えているうちに、さらに思考が進んで思いもよらなかった自分の気持ちを言葉にすることもあるのだ。

質問に大切なタイミングと表現

この効果的な質問に大切なのは、タイミングと表現だ。皆さんは質問が出る時と出ない時の差は何だと思うだろう?それは第一に話している相手や相手の話す言葉に対する関心の度合いだ。そして関心を持てるかどうかは意識次第で変わる。つまり相手を尊重する気持ちが関心につながったりするのだ。人それぞれに違った人生を歩んで、違った経験を積んでいるのだから、改めて目の前の相手がどんな人なのかに興味を持つようにすればよい。その時のポイントとしては3つほどある。

1つ目のポイントは話の全体像をいつも意識するということにある。自分の興味を満たすためだけに思いつきでバラバラに質問をするのではなく、話の流れを意識して質問を重ねる。2つ目のポイントは質問の種類を効果的に使い分けるということ。よく言われることだが、オープンクエスチョン(What,Why,Whem,Whom,Where,How)とクローズドクエスチョン(Yes,No)を交互に繰り返しながら、質問を深く掘り下げていく。そして、3つ目のポイントが質問を積み重ねるデザイン力だ。相手が自分の思う通りに答えてくれるとは限らない。話の展開が思わぬ方向に行ったとしても、次の質問で修正できるようにしておくことが求められる。

いろいろな奇手も繰り出す

新聞記者などがよく使う手にこういったものがある。その1つは、わざと相手を怒らせて本音を引き出すこと。ビジネスの上などでは使いづらいだろうが、わざと相手を怒らせると分かっている質問を投げかけるのだ。人は怒ると、予め計算していて発言することを止め、その質問に真っ向からぶつかってきてくれる傾向が強い。なかなか本音が出づらい時に使う手だ。

また、特に相手が緊張していてなかなか会話がほぐれない場合には、最後の最後、例えばビジネスの話が終わってそれではと帰りかけた時、場合によってはエレベーターの前まで送っていただけることが分かっている時は、その時にその日一番聞きたかったことを聞くのだ。「そういえば、○○の件、どうなっているのでしょうか」と。相手はもうビジネスの話は済んだと思ってホッとしている時が多く、つい軽く調子に乗って話してくれることもある。そんな時は次の日の朝、新聞に自分の話が出てから驚き、慌てるのだが。

そして、これは奇手だが、質問した後、しばらく黙るという手もある。30秒から1分間ほど沈黙が流れるのだ。この沈黙に耐えられずに、相手が話さなくてもよいことを話してしまうことがある。

質問の背後に反発する強さ

質問をするためにはとにかく相手の話をまず聞かねばならないとばかりに、傾聴に固まってしまう人がいる。確かに傾聴型の人には相手は気分よく話ができるので、商談なども無理なく進むかもしれない、しかし、実際の話し合いの中では、利害が対立することもあるだろうし、商談の際に厳しい交渉になることも、激しいクレームになることもあるだろう。そんな時は傾聴型に徹するだけではうまくいかない。私の知っている地場産業の社長は、とにかく二枚目から悪役まで幅広く演じられる役者ができることが自慢だ。会社を父から継いで約30年。幾多の困難もそれで乗り切ってきた。

とにかく学生の頃から演劇をしていたとかで年季が入っている。この社長のモットーは、とにかく人から見て分かりや過ぎる社長はどうしても、交渉事に際して軽く見られがちだということ。素の自分をさらけ出すだけではうまくいかないことがあるといい、時には相手の気持ちを汲んで、違う自分を演じることも有効だとしている。その方が懐の深い印象を与えられるのだという。しかし、同時に脇が甘くなることに注意が必要ともいう。たとえ相手が商売上大切な人であっても、あまりに理不尽なことを言われた時には、反発する強さも持っていないといけないということだ。