諫言を自分から求める

「貞観政要」という本がある。この本は唐の太宗が諫議大夫(かんぎたいふ)や諫臣(かんしん)たちと交わした対話をまとめた本だ。ここには「皇帝・帝王とはどうあるべきか」「政治とはどうするべきか」が極めて具体的に書かれてあって、高位にある者が政治を執り行う場合に心得るべき要諦がすべて書かれている百科事典のような本だとされている。日本には遅くとも桓武天皇の時代には入っていたとされており、歴代の天皇や、徳川家康などの為政者たちがこの本に学んでいる。今でも、経営者が読むべき本の中に取り上げられていることが多い。

わざわざその本を取り上げながら私はまだ読んでいないので申し上げにくいのだが、今はもう亡くなられた谷沢栄一・関西大学名誉教授と渡辺昇一・上智大学名誉教授がこの貞観政要について話しているやり取りがあったので少し紹介をしてみたい。唐の太宗が抜きん出ていたのは、王を諫める役目の諫議大夫、あるいは諫臣という役職をわざわざ置いたというところだ。その諫議大夫が唐の太宗によくここまで言えたなと思うくらいに忠告するそうだが、普通で考えてもその時代に皇帝に諫言をするなどありえないことで、中国の長い歴史の中でもこれだけ諫議大夫が活躍したのは唐の高祖と太宗の時代だけだそうだ。

自分を律する

太宗が特に偉いとされるのは、自分の反対派であった人物―魏徴を許して、逆に諫議大夫に取り上げている点だという。魏徴は絶世の美女が王宮に入ってきたときに、「あの美人には実は言い交した許嫁があります。そういう女性を帝王が奪って、やおら側妻にするのはいかがなものでありましょうか」と忠告をしたという。しかし、女性の父親としては平凡な男の嫁にするよりは太宗に手を付けてもらった方がよほど得なわけだから、「昔々そんな話もありましたが、実際に結納の儀を執り行ったわけではありませんから」と取り繕うわけだが、太宗は「どんな口約束であろうと、そういう約束があったのは事実だから」とその女性を家に帰してしまったという。

そこまで神経質にならなくてもいいのにと思うぐらい、太宗は自分自身を律する。それから、太宗を取り巻く諫臣と言われる連中がいて、この連中の家はみんな質素だったとされている。だからこそ、太宗に対しても質素にしろとやかましく言えるのだった。当時は貴族社会だから、帝が贅沢をすればその下の貴族が贅沢をする。帝王と貴族が贅沢をすれば、そのツケは庶民に回ってくる。だから帝王は贅沢をしてはいけない、宮殿に手を入れるのもお止めなさいという風になるのだった。

過去から学ぶ

太宗が諫臣の話をよく聞いたというのは、彼が即位して3年間というもの、旱魃とか大雨とかが続いて、収穫が少なかったということも関係があるかもしれないという。だから太宗も質素にせざるを得なかったというわけだ。ところが4年目になって今度は豊作の年を迎えるようになると天下の庶民も潤うようになり、そこでちょっとくらい贅沢をしてもいいじゃないかと思うと、すかさず魏徴が「いや、それはダメです」と言ってくる。王様に忠告をすると首が飛ぶのが当たり前という時代だから、諫める方も諫める方だが、それを聞く方も聞く方だと言える。

この太宗や諫臣は、過去から学ぶということをスタイルにしていたそうで、太宗自身、年がら年中、漢の高祖と隋の煬帝のことを考えていたそうだ。漢の高祖というのは創業のモデルにもなる人だった。なにせ300年続く漢王朝をつくるのに成功した人物だった。その高祖自身は皇帝としては決して有能とは言えなかったという。むしろ無能と言ってもいいくらいだったそうだが、蕭何とか張良とか韓信といった有能な人物を部下として集めて、彼らを存分に働かせて天下を取ったのだという。それが太宗の念頭にずっとあった。一方、隋の煬帝は贅沢をして、無駄な戦争や土木工事を行った反面教師だったそうだ。

トップの覚悟や如何

こうしたことは貞観政要の中に書かれている1つにしか過ぎないが、谷沢先生や渡辺先生は今日、貞観政要が必要なのは企業のトップだろうとしておられる。「守成」が「創業」よりある意味では難しいことを唐の太宗とその家臣たちも明らかにしてくれている。「君は舟なり、人は水なり。水は能く舟を載せ、亦能く舟を覆す」という有名な言葉がある。水は舟を浮かべることもできるが、転覆させることもできる。そして、舟は君主であり、水とは人民であると、これも魏徴が太宗に言った言葉だ。上杉鷹山などもまさにこの言葉を使って国を治めたとされている。

太宗は「天候が不順なのは君子の徳に欠陥があるからだ。私の徳が修まらないのは自分一人に原因があるのだから、天は私を責めるべきである」と言って民を気の毒に思っていろいろな援助の手立てを提案している。当時は天気の悪いのも君主に責任があるという一つの迷信的な考えがあったようだが、むしろ飢饉すらも自分の責任だと受け取る強い責任感が伝わってくる。コロナのまん延やそれに伴う不況が政治家のせいだとかというような発想まではないだろうが、少なくとも唐の太宗のような覚悟で経営ができているか、問い直す良い機会になっているように感じる。