ほめることに脚光

部下や社員、子供らを叱らずに、ほめて伸ばそうとする動きが増えているのだそうだ。一般社団法人「日本ほめる達人協会」が主催する「ほめ達検定」の受講者数は昨年に累計5万人を突破し、ほめ達の手法を社員教育に採用する企業や公的機関も増えているのだという。検定って一体どういったものなのかと思われるかもしれないが、講義と筆記・実技問題の2部構成で行い、ほめる意義やコツを学ぶのだという。まずは3級からあって、合格すれば2級、1級と受験資格が得られる仕組みで、さらに習熟が進めば研修を実施する際の講師に認定される。

検定会場では、隣に座った人をほめたり、自分の大切な人の素晴らしさを発表したりする課題が与えられる。始めは不安そうな表情をしていた受講者たちも、次第に笑顔になっていく。筆記では「空気を読めない」という言葉を長所に言い換える問題などが出される。例えば、その解答例は「人に流されない」「場の空気を変える力がある」などとなる。ちなみに、「わがまま」というのは「積極的、自分の主張に自信を持っている」、「ケチ」は「節約家」「堅実」「金銭感覚が鋭い」、「落ち着きがない」は「元気が良い」「遊び心がある」「周りを常に見ている」…となる。

増えるパワハラ

「ほめる達人」の手法が社員教育のツールとして注目される背景には、パワーハラスメントが許されなくなっているという認識の広がりがあるのだそうだ。旧来の縦社会に基づく組織の在り方が企業の成長を妨げているとの見方も広がっているのだという。この問題に詳しい同志社大学の太田肇教授は、「長らく日本の企業では先輩や上司の言うことは絶対という価値観が根付き、ほめて伸ばすという教育は重視されていなかった。こうした状況がパワハラや労働生産性の低下を招いた」と指摘をする。厚生労働省の調べでは、職場でのパワハラといった嫌がらせ行為に関する相談件数は、年間で8万件を超えるまでになっている。

太田教授は「ほめられない社員は仕事への自発性が低い。上からの指示を忠実にこなすだけになってしまい、技術革新を起こすような発想が生まれるのは難しい」と語る。「逆に他人から認められたいと思う『承認欲求』が満たされれば、社員の積極性は増し、組織の生産性も高まりやすい」という。実際、太田教授が企業で調査したところ、肯定され、ほめられたグループの業績は、ほめられないグループよりも向上したそうだ。「ほめ言葉を積極的に使って従来の風潮を変えるべきだ。社員を認めてほめることが業績アップの近道」と話している。

人ではなく行動をほめる

とはいっても、実際に職場におけるほめ方というのは、単なる言葉遊びで済むわけでは決してない。何のためにほめるのかということを考えると、究極的には売上高を上げるためのはずなので、それに沿ったほめ方というのが必要になる。入社したばかりの新人と何年も働いているベテランへのほめ方がまったく同じなんてことにはならない。新人はまず何をすれば良いのかが分からないので、売上アップのための正しい教育から始めなければならないし、ベテランに対しては基礎知識は身についているはずなので、考える力や新たなものを生み出す力、後輩を巻き込む力など、自主的に行動する力が必要になってくる。

だから新人にはまず仕事を大枠だけ言って任せることはできないので、具体的な作業レベルを言ってあげて、それを実行できたときにほめることが必要になってくる。肝心なのは、ほめるというと、一見その人の髪型や人間性、言葉遣いなど、その人となりをほめるようなイメージがあるかもしれないが、そうではなく、「行動」をほめるというところだ。新人のほめるに値する行動と、ベテランのそれは違う。新人と同じレベルでほめられたベテランはきっと「バカにされた」と思うだけだろうし、ベテランと同じことを期待されても新人には意味が分からない。

ほめる基準をそれぞれに作る

その際の一つの手段に、「KGI(Key goal Indicator)」と「KPI(Key Performance Indicator)」という指標がある。「KGI」は目指す目標を示し、「KPI」はそのゴールを目指すために必要な行動を指す。いわば、上司が「KGI」で目標と期待を設定し、部下が「KPI」で期待に応えるという図式だろうか。こうしてその時々の感情に左右されない、お互いに同じ方向を見て評価できる状況を作る必要がある。

マニュアルを作っている店や会社も多いだろう。このマニュアルによって、誰がやってもある程度同じ結果が生み出されるように細部に渡って行動を決めている。だけど今の時代、そんな一律の対応に顧客は慣れてしまい、満足しなくなってきているとこも多い。満足しないばかりか、逆に不満の原因になることさえもある。時代は選ぶ顧客目線で進化しているということを現わしているのかもしれない。

だから従業員の習熟レベルに応じた行動が求められるようになっているのだと考えられている。ほめる基準さえしっかりしていれば、その時本当に無駄な従業員なんていなくなるはずだ。いろんな習熟度の従業員が入り混じっても、それぞれにやることをきっちりやり、それを後押しするような風土作りこそが求められているということかもしれない。