思わぬところに職人の意地と誇り

先日テレビを見ていたら、入れ歯のようなものでも、それを作った歯科技工士の方の作り方、こだわりが反映されるもので、実際にある歯科技工士の方が「自分が作ったものなら一見しただけで間違いなくすぐに分かる」と断定しておられたのがとても印象に残った。「入れ歯のようなものでも」とは失礼な言い方だったかもしれないが、私は入れ歯というのはてっきり口の型を取って、後は材質をどうするかといった問題だけで、それを半ば自動的に、型通りに作るだけにしか考えていなかった。そこに創意工夫の余地などほとんどないものと勝手に思っていたのだが、それが飛んだ間違いだったことが分かった。

入れ歯は人の口の中に入るものだから、それをしげしげと見たこともないが、口の中に入れて使う人の立場に立てば、なるほどちょっとしたその作り方の違いが、使用感の良し悪しを大きく左右さするものなのかもしれない。作った人の名前がわざわざ彫り込まれているわけでもないが、こんなところにも職人の意地と誇りを垣間見ることができ、軽い驚きとともにとても爽やかな気分になった。もっとも、テレビは入れ歯の特集をしていたわけでなく、東北大震災の後に発見された入れ歯からそれを作った歯科技工士の方が分かり、名前の分からなかった遺骨が誰のものだったのか特定できたという話だった。

「らしさ」に現れる仕事の仕方

何故そんな話をしたのかというと、「ブランディング」の話をしたかったからだ。ブランディングというと大げさに聞こえたり、特定の産業にしか関りがないように思われるかもしれないが、「らしさ」という言葉に置き換えるとどうだろう。どんな仕事にも、それに関わった人の「らしさ」を残すことはできる。丁寧な仕事ばかりではない。いい加減な仕事をした場合でも、それが「らしさ」となって後に残る。モノづくりに関わる人ばかりでもなく、上司に仕事を頼まれた部下が、どんな風に仕事を仕上げるかも「らしさ」に関わる。それが今回、入れ歯にも現れたということだ。

「らしさ」を持ち、大切にしている例としてよく挙げられるのが無印良品だ。無印良品の店内に一歩足を踏み入れれば、穏やかで心地良い雰囲気に包まれるのは皆さんご存じの通りだ。商品のシンプルな美しさ、自然な什器の配色、耳障りにならない軽やかなBGM、控えめな自然体の接客など、あらゆる要素が「無印らしさ」を形づくっている。それは無印良品のどの店舗に行っても同様だ。シンプルなのに独特で、それでいながら他社には真似のできない「無印らしさ」が確かにそこにある。最近ではその「無印らしさ」をホテルなどの異業種にも展開するようになっている。

「らしさ」をしっかり考えると戦略にも説得性

この「らしさ」を生み出すことに苦労している企業は多い。新たに機能を加えたりデザインに新味を持たせて、従来品の改良品として売り出すだけでは、せっかく苦労して新製品を出しても従来からの商品イメージを踏襲するだけで、せっかくのブランドもやがては消耗することになる。そのブランドが本来どういったことを大切にして、市場に受け入れられてきたのかを、常に真剣に考え取り組む必要がある。私はブランドの歴史をひもとくことによって、当該企業であってもブランドの意外な側面を知り、アイデンティティを見つめ直す手がかりを得た企業も実際に知っている。

こうしてブランドについて見つめ直し、「らしさ」をしっかり考えることは、企業のビジョンや戦略にも「こうあるべきだ」という強い説得性を持ち、従業員らにも十分に理解・納得して追求できるものになっていく。企業の経営判断にもブレがなくなり、そうして「らしさ」に根付いたそれぞれの企業の商品やサービスにつながっていく。大切なのは、これまでからある「らしさ」を見出すとともに、その上にいかに新たなものを加えるかだろう。いたずらに過去の「らしさ」に守るだけでは、これから先の企業の成長は変革の道筋は見えてこない。

「らしさ」をアップデートし続ける

「らしさ」を大切にすることは、これまでのあり方をいたずらに守ることとは違う。よく言われるように、事業環境が変化する中にあっては、「らしさ」も変わっていくことが求められる。しかし、だからといって、自分たちの「らしさ」を捨てて、どこからか別の「らしさ」を真似しても本物にはならない。要はこれまでも「らしさ」の上に新たな要素を加えて、「アップデート」していくことが求められる。これまで取り組んだことのなかった新規事業であったり、新商品・新サービスであっても、「これは○○らしいのか」といった問いかけは必要だ。

その過程で大切になってくるのが、顧客と直接接する現場の声だ。そうすると、今何が必要なのかが見えてくるはずだ。もちろん、現場の声をすべて取り入れなければならないという意味ではない。現場の声の中にも「らしさ」を犠牲にしているアイデアだってある可能性はある。現場のニーズとブランドの「らしさ」を比べながら、受け入れられるものとそうでないものを峻別するのが経営者の役割だ。ブランディングとは派手な広告を指すのではない。その本質は顧客との約束の積み重ねだ。日々の地道な顧客とのコミュニケーションを通じて、ブラントは培われていく。