終身雇用に再び脚光

1970~80年代に経済成長を続けた日本の企業の際立った競争力の源泉として、「三種の神器」―つまり、企業別組合、年功制、終身雇用が挙げられている。今ではそのいずれをとってもかつてのような輝きはないが、昨今の人手不足を反映してか、「従業員を大切にする経営」をうたって、中でも終身雇用を見直す中小企業が増えているように思う。「見直しを図る」といったが、これまでの制度を手直しするような動きが特に見られているわけでもないようなので、実態は「そのままにしていたら、時代が終身雇用の良さについて改めて見直されてきた」といった方が適当なのだろうが。

先日もある経営者が「うちは終身雇用を絶対に守りますよ。それが社会に対する使命でしょ」と自信満々に話していた。しかし、「雇用を守る」ということなら分かるが、「終身雇用を守る」というのはちょっと変だ。終身雇用は結果としてそうなっただけで、人々の意識が変わった今の時代において、それが維持されるものかどうかのカギは従業員が握る。企業が古い制度をそのままにしているだけでは終身雇用は維持できない。終身雇用を守ろうとする意思があるのなら、企業もこれからの時代に合った「個人を大切にする経営」に変化しなければならない。

学生の意識は大きく変化している

もちろん企業が雇用を守ることをうたわなくていいといっているわけではない。むしろその逆で、経営手段としてのリストラなんて企業を立て直す際の最後の手段だとも思う。しかし、今の時代に従業員の果たしてどれくらいが、「自分は定年までこの企業で働きたい」と思っているのだろうか。ある調査では、男子大学生の半数以上は「キャリアアップなどのため、定年まで同じ会社で働くことを望んでいない」といい、「ほとんどが10年以内に転職することを考えている」という結果が出ている。

その同じ学生の調査で、社会で活躍するのに必要な学問は「英語」と「マーケティング」が半数を超え、「コンピュータサイエンス」「リベラルアーツ」と続く。しかし、3人に1人が「大学において、それらの必要と思う学問を学ぶ機会が与えられていない」と考えているというのだから、転職志向が増加している責任は企業だけにあるのではないのかもしれない。

しかし、例えば入社したら寮や社宅に住むことを求め、企業でローンを提供して住宅購入を支援し、定年まで面倒を見るという昔ながらの企業のあり方をそのままに守っているだけでは、「従業員の幸せを考えた経営」ではなくなっているのかもしれない。そこを見直さないで、いたずらに「雇用を守っている」としたところで、それが若者の心に響くとは思えない。

幸せは従業員一人ひとりが考えること

これだけ価値観が多様化している現代にあって、企業のやり方を一方的に押し付けるだけでは「従業員を大切にする経営」にはならない。本来何が幸せになるのかは従業員自身が考えるべきことで、企業が従業員それぞれの幸せについて、「こうですよね」ということはできない。今、流行りの働き方改革でも取り上げられている残業時間をなくす(短縮する)動きにしても、それを強制するからおかしくなるのではないだろうか。「残業時間を減らして早く帰れるようにしたら、従業員は幸せになるはずだ」と国や企業が一方的に決めつけるのは、ちょっと傲慢すぎるのではないか。

「個人を尊重する」というのは、何が幸せなのか、どんな働き方をするのがその人にとってベストなのかを、個人がそれぞれ抱える状況に応じて選べるようにすることだろう。残業をせずに早く帰るのが幸せと考えるならそんな働き方を選べばいいし、逆に精一杯働けるだけ働いて自分を試してみたいと思うのなら、そういう働き方を選べばいい。そんな選択肢のある経営こそが「従業員にやさしい経営」とされるのではないか。最近ではこのほかにも、育児や介護などの事情で、フルタイムで働き続けるのが難しい人も増えている。意欲と能力のある人が、そんな事情で企業を辞めざるを得ないのは、とても残念だし、企業にとっても大きな損失だろう。

従業員に選択肢を設けるべき

そうした選択肢を設けないで従業員が辞めていくのを見て、「最近の若い者は我慢が足りない」とか「こんなに福利厚生を備えてやっているのに何が不満なのか」とか一方的に非難するのは間違っている。何でも従業員にすり寄れといっているのではない。例えば24時間営業を経営方針として掲げる企業なら、そのことで避けられない制約はきっちりと従業員にも説明しなければならない。そのうえで従業員が辞めるのなら、それは仕方のないことだろう。どんな業種、企業にも何がしかの制約はつきものだ。

もちろん従業員も自分の人生や幸せを企業に頼っていて実現できるような時代ではないことをしっかりと分かる必要がある。残業時間が多少あったからといって、すぐに「ブラックだ」と言って騒ぐのもちゃんちゃらおかしい。もともと残業時間の問題も、死に追い詰められるほど働いていた実態がおかしいから取り上げられているのであって、多少残業時間があったからといってそれが何だというのか。人は自らの力で幸せになるものだ。若者にはもっとしっかりして欲しいし、企業にも従業員にそれぞれが考える幸せに合った働き方の選択肢と、その選択肢に見合った給料を払うことのできる経営を目指して欲しい。