決定的な受付の印象

私の近所にまさに「神対応」する受付のいる歯科医院がある。彼女はいつも自然な笑顔で老若男女すべてに、それぞれに合わせた対応をする。子供には子供の視線に合わせて、足の不自由な高齢者には不自由な足をかばうように寄り添う。受付だから特別な事情がない限り、診察カードを渡すだけ、診療が終わっても会計を済ませて次の予約を取るだけだから、その間速いと数秒、長くても1分程度の接触しかないわけだが、彼女と対面する人たちまでが笑顔になり、その応対している姿は待合室で待っている人たちにもどこか安心感を与えている。私だけがそう感じているのでなく、彼女が受付から外れて中の仕事に移った時があったが、すぐにまた受付に戻ってきたのは、周囲も彼女の対応力を認めているのだろう。

私が言うといやらしく聞こえるかもしれないが、私がその歯科医院を選んでいる理由の1つは間違いなくその受付での感じの良さがある。こう言っては悪いが、歯科医院は近所にたくさんあって、そのどれを選んでも大して技術に変わりないと思っているからだ。そして私と同じような考えの人も多いのではないかと推測している。だから受付の果たしている役割はとても大きいと思っているのだが、今時の企業はそうはなっていない。ホテルのようなサービス業でさえ、無人でチェックイン、チェックアウトができることがむしろ時代の流れだったりする。

置き換えできない第一印象

今では大手企業ならいざ知らず、受付をきっちり置いている企業の方がまれだ。大抵は電話を1台置いて、受話器を上げると受付の担当者につながるようになっていたり、直接、用件のある部署の担当者につながるようになっていたりする。私の仕事は事前にお会いする約束を取って出かけることがほとんどなのでそれでも困ることは少ないが、ついでに資料を手渡したいだけの用件で、わざわざ約束を取り付けるのも面倒な時、受付がないと少し躊躇することがある。

企業が受付を置かないのは、受付が例えば来客時の対応のみの、単に定型業務としての役割を行うところでしかないと見ているからだ。加えて曜日や時間帯によっては時間を持て余すこともあることから、「仕事の効率化」を考えた時に真っ先に見直すべき部署として取り上げられるのだろう。でも、言い古された言葉だが、受付は会社の「顔」だ。それを電話1台、最近ではそれもロボットやタブレットが置き換わるようになっているが、で済ませようとする考え方にはどうも馴染めない。人は第一印象が大切と言われるように、第一印象が大切なのは企業だって同じことだ。それを電話が代行できるのか。

電話のやり取りに自信はありますか

受付同様、このところ企業の考え方に懸念を持っているのが、電話での応対だ。最近ではちょっとしたクレーム対応などはメール専門で処理をしようとする企業が多いと聞く。確かに、いつ起きるか分からないクレームの処理を業務として見た時、それに終日備えて電話番をするより、業務の合間にチェックをして対応する方がずっと効率的だろう。しかし、それではクレームを伝える側の立場に立って考えているとは言い難い。クレームを伝える方にとってはいち早くそれを解決したいものなのに、何時返ってくるのか分からない返事を待たせる(たとえ明日返事をすると伝えていても)のは、そもそもクレームに対する態度ではない。

本来クレームに至るものではない場合でも、それに対する企業の初動の良し悪しがそれを早期解決に導きもするし、逆に本格的なクレームにもつなげてしまう。込み入った内容ほど正確に伝えるためにはメールより電話で伝える方が都合は良いと思うのだが、その電話における対応も、口調一つで相手に与える印象は大きく違ってくる。ひょっとしたら、電話におけるこの微妙な対応が難しいので、メールによる受付で代行するようになっているのかと勘ぐってしまう。事実、LINEなどSNSでやり取りをすることがほとんどで、電話での会話の経験が少なくなっている若者は、職場に入ってまず戸惑うことの一つが電話による受け答えだと言われているからだ。

まずは顧客の心に寄り添おう

ちょっと話は逸れるが、今の若者の育った環境を思うと、中高年のそれとはまったく異なっていることにもっと留意しなければならない。電話一つとっても個人がそれぞれに持っていて、直接自分が話したい相手につながるのが当たり前の時代にあって、誰かに取り次いでもらうとか、伝言を受けるというやり取り自体、彼らの中でほとんどやったことはなかったはずだ。だから、そんな彼らに合った研修、教育の仕方が求められる。それを分からず、長年同じように使い回している資料を使った社内研修で済ませていると、まったく時代にそぐわず、彼らのためにもならない無駄なことをしているだけに終わってしまう。

閑話休題。とにかく、受付も電話の対応についても表面的な愛想の良さでなく、相手の求めるものを敏感に察知できる感性や、それに対していかに適切に対処できるかが肝になる。いわばコミュニケーション力だ。このコミュニケーション力をいかに従業員一人ひとりが持ち得て、企業として備えるかが大切なのだと思う。それなくして、受付をロボットにしたり、やたらICT(情報通信技術)への置き換えを進めるのは間違っている。顧客の心が分からないで、製品力やサービス力の向上があるわけがない。今からでも是非その見直しを図ってもらいたいと思う。