ボタン一つに苦労

私は目下、SNSの利用で悪戦苦闘している初心者だ。ホームぺージから始まり、ツイッター、フェイスブックと試行錯誤しながら使っている。しかし、その一つ一つに時間がかかること。一つのことを試すにも、様々なボタンを押しながらああでもない、こうでもないとやっている。恐らく若い人なら直感的に分かるようなことでも、こっちはそうはいかない。他の中高年の皆さんもこうした手段にどれほどの時間をかけているのかなと思いながら、時には面倒になって業者に相談をする羽目に陥るものだから、何かと費用もかかって仕方がない。

その道に明るそうなSNSの利用者に話を聞くと聞いた人の数だけ答えもあるようで、初心者としては戸惑うばかりである。それでも結局はそうした先達に少しずつ教えを乞いながら仕事をしているのだが、それが正しいのかどうか分からないままである。

先日、その先達の一人にたまたま友人を通じて知り合うことができた。その人はかなりSNSの世界で有名な人のようで、会っていきなり独自のSNSの利用の仕方論を滔滔と話し出した。そして、いつの間にか私の仕事とその方の仕事を合わせると面白いかもということになり、SNSで情報を発信するためのネタを出して欲しいと言われた。

早いけど、仕事は雑?

私は言われるままに私の仕事の内容をネタとしてメールで送ると、そのネタ合わせのために一度会いたいということになった。私が送った仕事の内容はネット上では完結しないで、顧客と面談の必要があることを前提として書いたものだったのを、ネット上でサービスを完結できるようにしたいとのことだった。

その時から、「話が少しかみ合わないかな」とは感じてはいたが、会って話をすれば解決するかもとも思っていた。ところがその話し合いの日を、今度は急ぎたいので翌日に会えないかという。いくら私がヒマでも、すでに入っている予定もあるしそれは無理であることを告げると、その後は連絡が来なくなった。後で、「縁がなかったですね」と共通の友人に話していたということを聞いた。

今、私の提供したネタはその方の会社のSNS上に公開されており、そこでサービスは完結するような形になっている。それを見る度にそうした仕事があるという宣伝にはなるかもしれないが、私にすれば「誤解を与える」ような感じにもなっていて、これでいいのか悪いのか、何だか複雑な感じがしている。仕事に対する考え方も何だか雑な感じだけが残った。

丁寧にもほどがある

こうしたことが、SNSを使って仕事をする上では当たり前なのかと思うと、やはり私自身は抵抗を感じる。かといって、決してリアルなやり取りがまったく問題ないかと言えばそうでもない。たまたま同じような時にこんなことがあった。

私は今の本業の傍らで、その仕事の幅を広げるためにもある大手広告代理店からの仕事を請け負っている。その広告代理店の担当者から、クライアントに一緒に出向いて打ち合わせをしたいという。日時はと聞けば、某日の午後1時から6時までという。

打合せに5時間も必要なのかと聞き直せば、「必要だ」と言う。どんな打合せをするのかまだその日が来ていないので分からないが、これも常識的に考えて、もっと短くできる工夫はいくらでもあるはずのように思う。丁寧にもほどがある。そんなダラダラした?会議をしているようでは、SNSの時代のスピードについていけないだろうと思ったりした。

良く聞けば、驚いたことにその広告代理店では長時間かけた会議は決して珍しいものでもないという。結局、どんなに働き方改革が叫ばれていても、先端の技術取り入れる工夫をしないとダメなのだけど、たとえ使っていたとしても実際に働く人間の仕事に対する効率化や内容の改善などに意識が付いていないと、効果のないものだと分かった。

中高年にもまだ望みはある

皆さんは普段どの程度仕事にSNSを使っておられるだろう。最近の情勢から、SNSを利用しない手はないのだけど、私の感覚で申せば、その使い方には年齢層や職業によって、とても格差があるような気がする。例えば若い人は新しい事業に積極的にそれを利用していても、企業に勤めている中高年にすれば、趣味などでは使っていても仕事に結びつけてはなかなか使われていないように思うのだが。

しかも、それぞれに仕事の仕方のようなものを持っていて、なかなかSNSの利用とリアルな仕事現場の相互をうまくつなぐことが難しいようにも感じている。その結果、双方がうまくかみ合えば大きな効果を引き出すことができるはずなのに、SNSの世界とリアルな現場がいつまでも融合せずにいる。そう感じるのも、SNSをうまく利用できていない者のヒガミにしか過ぎないのかもしれないが。そんな私は中高年であってもまだまだ技術の進歩にしがみつくことができれば、やり方によっては周囲をリードしていけると信じ、今日も悪戦苦闘している。