「やけくそ」でIT導入

「たとえ経営に問題がありそうだとは思っていても、それにメスを入れるのは本当に勇気がいるものです」と振り返るのは大阪府内で金属や樹脂の切削加工をする創業20年目の中小企業の社長だ。「曲がりなりにも、それで今抱えている仕事をこなさなければならない。取引先に迷惑をかけることはできないという気持ちと、それで将来の展望は開けるのかとの危機感の間でいつも煩悶しているのです」と話してくれた。今、そうして落ち着いて振り返ることができるのは、今から15年ほど前にもうどうしようもなくなった後で、「やけくそ」で導入したITが思わぬ成果をもたらしてくれたからだ。

何しろ、ITの導入前は従業員20名で売上高が2億8000万円、利益は210万円(利益率0.8%)、月当たり平均残業時間は60時間以上(人によれば100時間を超える例もあった)のが、IT導入後は従業員30名で売上高が4億3000万円、利益は7000万円(利益率16.28%)、月当たり平均残業時間は10時間という、大幅な業績の改善を果たすことができたのだ。利益は実に33倍に成長している。「社風が変わって生産性が上がったのです」とその社長はほほ笑む。本当に同じ社内で起きた変化とは思えないほどの変わりようだ。話を伺うと、この変化を起こすのにもノウハウがあったことが分かる。

管理の限界が仕事の限界になっていた

常に仕事量が一定しているところは良いが、もともと同社では、忙しい時と忙しくない時の差が非常に顕著だった。他にもそんな企業の方は多いだろう。急な忙しさに対応しきれず、せっかくのビジネスチャンスを逃すのを悔しく歯噛みしているのだ。営業は波があって、次に仕事が取れなくなる時のことが怖くて、取れるときにできるだけ仕事を取ろうとする。しかし、生産現場を任されている方にとっては、そんなことはお構いなく、すぐに「もう手一杯です」と予防線を張ろうとする。その繰り返しだった。人や機械を増やすのも繁忙期以外のことを考えるとそれもできず、働く時間を増やして対応するのにも限界がある。

こうした状態は、要は繁忙期の管理力が低いことから起きている。それまで会社ではExcelを使ってデータを管理していたが、営業は受注状況だけ、生産現場は生産計画だけしか見ることができていなかった。点でしか情報を管理できていなかったので、お互いの状態が分からず、受注予定や生産予定の見通しもつかず、お互いに建設的な意見の交換ができていなかったのだ。「これが人頼みによる管理の限界だった」と社長。状態を把握している誰か頼みの管理では、これ以上生産能力も増えないし、売上高も増えないことを痛感したという。管理の限界が仕事・売り上げの限界となっていたのだ。

業務を一元管理

そこで、同社ではまず手書きの見積書や納品書、請求書をWEBシステムにして、必要な情報は一度に自動的に書き込まれることになり、重複作業や転記ミスを削減していった。そして手作業で行っていた生産管理の手配作業も、WEBシステムにしたことで手配速度を上げただけでなく、記録が残ることで無駄なコピー作業を無くした。この結果、手配速度が上がっただけでなく、社内で情報が共有でき、業務の一元管理ができるようになった。

さらにこれまでは残業が多く、従業員の出退勤やその給与の管理に、毎月手作業で1~2日を要していたのが、わずか30分でできるようになった。また、従業員一人ひとりの状況は工場長一人が管理していたので、現場では互いの仕事の状況が正確には分からず、的外れな手伝いや道連れ残業なども発生していたのが、それぞれの従業員の仕事状況が全員に分かるようになったので、前工程のスタッフの状況を見ながら、後工程の行動や段取りを調整できるようになった。この結果、残業に追いまくられる状態が一変し、それに嫌気がさして有能な従業員がなかなか定着しなかった会社で、「残業しない社風」ができていった。

従業員全員で開発

ここまで変化を起こせたのは、もちろんただ単に「ITのソフトウエアを導入したから」という簡単なものではない。既存のソフトウエアを用いるのももちろん一長一短あるだろうが、同社が選んだのはいちから同社オリジナルなソフトを開発会社と同社の従業員全員が関わって開発することだった。全員が関わることで、ITの導入を「他人事」にしないようにしたのだ。例えば、パソコンを扱ったこともないベテランの従業員にとっては、どうしてもITは遠ざけたくなるものだが、そんな従業員にもこれを導入することでどのようなメリットがあるのか、逆に、どうすれば彼らも使えるものになるのかを話し合ってきた。

だから、今はベテランも含めたすべての従業員がこのITシステムを使っている。社長は「市販のソフトウエアを使えば簡単に導入できるのかもしれないが、どんな良いものを導入しても、使うのは従業員だ。だったら、いかに従業員を巻き込んでいくかを考えるのが大切ではないかと思った」と感想を述べる。

どんな企業にもそれぞれの企業のやり方というのがある。それが時によりその企業独自の強みであったりする。ITシステムを導入するに当たり、改めてそれらを見つめ直し、逆に改めるべきところは思い切ってこれらのソフトに任せてみるだけの見切りが必要だろう。