聞くことに疲れる時代

会議や商談などで相手の話が聞きづらい時、それらが終わった後でやたら疲れた思いをした経験のある方も多いのではないだろうか。私は加齢のせいでもあろうが、そのような経験を多く持つ。これは、よく聞こえない状態にあると、脳が不足した情報を補って理解しようと働くために、必要以上に脳に負担がかかり、それが強い疲労感を生むことにつながるからだそうだ。そういえば、聞こえてくる単語と単語をつないで、多分こんなことを言おうとしているのだろうと考えることはよくある。

実は、私たちの周りにある騒音や雑音でさえも、脳は無意識に何の音か聞き分けているそうだ。そして、今自分がいる場所が安全か否かを判断しているのだという。だから、耳や脳は終日私たちが自覚するしないに関わらず働いているのだ。だとすれば、音のストレスからそれらを解放するためには、静かな場所で過ごすことが一番ということになる。それは仕事の合間にしばし目を閉じて、目を休めてやることにも似ている。しかし、耳は自ら閉じることはできない。静かな場所に出向かなければならないのだ。

職場で静かな場所は残っているか

生産やサービスの現場ではなかなかそんな静かな場所を見つけるのは難しいが、最近ではオフィス内でも話し声はもちろん、電話の鳴る音に加え、パソコンの操作の音、ファクシミリの動く音、その他様々な電子音が入り混じり、これらが知らないうちにストレスになっていることは多い。その結果、「シーン」とか「キーン」とか「ジー」などの耳鳴りを起こしたり、慢性の難聴の原因になったりしていると言われる。それが、中高年に限らず、若い人たちの間でも広がりを見せているそうだから事態は深刻だ。

もともと、加齢によって40歳を過ぎたころから、耳鳴りは起こりやすくなるとされてきた。それは耳の神経線維が劣化して、脳に音の情報を正確に伝えられなくなるためだという。「年のせいだから」と放っておいたり、「単なる耳鳴り」と甘く考えていてはだめだそうだ。それが、慢性的な難聴を引き起こすことがあるとされているからだ。大抵の耳鳴りは一過性で、しばらく時間が過ぎると止まるそうだが、1週間たっても耳鳴りが長く続く場合は要注意だという。

社長の聞く力は大丈夫?

加齢による聴力の低下は、一般的に高音域から始まるそうだ。40歳代のうちはあまり自覚することはないだろうが、それでも確実に高音域の聴力レベルは下がってくるという。それが60代になると、「軽度難聴」レベルまで聴力が低下する音域が増え、聞こえが悪くなったことを感じる人が急激に増えてくる。さらに、70歳を越えると、ほとんどの音域の聴力が「軽度難聴」から「中等度難聴」レべルまで低下してしまう。65歳から74歳では3人に1人、75歳以上では約半数が難聴に悩んでいるとされる。

日本では65歳以上の高齢者人口は約3500万人に達し、総人口に占める割合も30%近くなっている。企業においても経営者の年齢は上昇傾向で推移しており、帝国データバンクが発表した全国社長年齢分析調査によると、2018年1月時点の全国の社長の平均年齢は前年比0.2歳高い59.5歳になり、過去最高を更新している。企業にだけ焦点を当てても、社内のコミュニケーションでは、それに最も必要な耳やそれに関わる脳の機能をもっと意識して休めてやる必要がありそうだ。経営トップが難聴なんて悪い冗談でしかない。

若者も耳を酷使

実際、耳鳴りが気になって仕事に集中できないという事例もよくあるようだが、聞こえづらいことをそのままにしておくと次第に人と話すことが億劫になり、孤立してしまう可能性が出てくることは容易に想像できる。経営者がそうなった時の企業内の状況は想像するだけで恐ろしい。だからといって、補聴器の普及率が高いという話も聞かない。最悪の場合、耳が聞こえないままだと、寿命が短くなるという研究データも報告されているそうだから、やはりその何らかの対策をするに越したことはない。

若いからといっても油断はできない。2018年3月に世界保健機関(WHO)が発表した「難聴と聴覚障害」のファクトシートによると、世界の若者11億人が、音響機器や娯楽イベントの大音響で深刻な難聴リスクにさらされているという。音楽を楽しめる様々な機器、高性能なヘッドフォンやイヤホンなどの普及で、好きな音楽を好きなだけの音量で聞ける便利な世の中になっていることの影響だろうか。地下鉄や雑踏などの音を消すために、音量を大きくして長時間、音楽を聞き続ける若者も多いという。

「聞く」ことをもう少し大切に思う世の中であるべきだとつくづく思う。