口に聞く

食育について園田学園女子大学の餅美知子教授のお話しを伺う機会があった。食育は「育」という字のイメージから小さな子供のことと思いがちだが、年齢によってその年齢に相当する食育があるということを話しておられた。若いころは思い通りに食べて栄養を吸収してそれで済んでいたかもしれないが、年齢を重ねるに従って、逆に食に助けられるような食べ方を意識した方が良いとのお話しは面白く伺うことができた。

例えば、サンマを食べる時にしてもカボスを付けて食べるとか、豆腐にしてもネギやショウガを付けて食べるということが、「年齢を重ねるほどに体に優しい食べ方を自然と体の方から求めるようになる」というのだ。「理想を言えば、年齢に合わせて1つずつ食べる種類を足していくのがよいでしょう」とも。
口が自然と欲するものを食べれば良いという意味で、「何を食べれば良いのかは、“口に聞く”ことも大切です」という。その感性が面白いと思った。普段からただ何となく食べるのではなく、無理なく美味しく食べれているかを意識すれば、自然と脂っぽいものは控えるようになるし、食べ方にも工夫をするようにもなるということかもしれない。

体の調子を全身で聞くアスリート

北京オリンピックのメダリストの朝原宣治氏も食との関係で自己管理の大切さを説いている。普段アスリートたちには管理栄養士の指導なども受けているが、「今はスマホのアプリでも簡単に栄養の基礎ぐらいは分かるようになっている。アスリートなら自分でそれらを使って管理するのは当たり前の時代。試合を前にしたその時、管理栄養士ならこの人にとってメンタルな部分も含めて食事には何が必要なのかを教えて欲しい」と話す。これからの管理栄養士は人間をもっと見て、オーダーメードな指導をしなければならないので大変だ。

朝原氏は強いアスリートの条件に、①トレーニング、②食事、③休憩、この3つをきちんと管理して、大切な試合にピークを合わせるために、調整しながら回していけることを挙げている。朝原氏は競技生活としては2008年に引退したものの、今、東京オリンピック・パラリンピックの翌年の2021年にあるマスターズ大会関西への参加を目指して、トレーニングを再び始めている。「普段は特別な練習などでなく、エレベーターを使わずに階段を上るとか、タクシーを止めてできるだけ歩くとかといったことです」というが、「体の調子を全身で聞きながら」少しずつジョギングを速くしているそうだ。

経営にもメリット

企業にとっても食育に関わるメリットは大きい。従業員の健康管理につながるだけではない。従業員が不健康であれば毎日の仕事にも悪い影響が及ぶことは容易に想像できる。取り扱う商品やサービスが食事に関わる企業なら、より直接に自社の売り上げにも関わってくる。つまり、食育活動を通じて自社やその商品に対する顧客の信頼を獲得し、その結果価格競争に陥ることなく購入してもらえたり、購買頻度を高めてもらえたりできる。

例えば、カルビーは主力商品のスナック菓子について、学校への出張授業を通じてバランスを守った適切な食べ方を指導しているそうだ。スナック菓子が体に悪いという評判が高まることで、商品が社会から排除されてしまうのを防ぐための対策だそうだ。これは、いわば守りの取り組みだが、社会貢献の一環として取り組むケースも見られてきているようだ。しかし、ある調査によると食品に関する情報は「店頭表示や店頭配布物」によって得るのがトップだそうだ。消費者に直接店舗にまで出向いてもらわなければ情報を提供できていない状況は、これからの課題として工夫の余地が大いにありそうだ。

職場での食事も大切な時間

このほか農林漁業や食品工場、市場などを見学したり、体験したりすることも食生活が多くの人の手に支えられていることを考えるきっかけになる。工場見学では原料が加工されて製品になるまでの過程を見ながら、安心しておいしく食べてもらうための工夫を知ることにつながる。市場などでは様々な食べ物を発見したり、食べ物の美味しい食べ方を教えてもらったりすることもできる。企業はそれらにも積極的に関わるべきだろう。

何人かで食事を共にする時は、コミュニケーションの場にもなる。家族皆で食卓を囲むことが少なくなっているといわれる今日、職場での食事の時間が個人にとって大切な時間にもなっている。そこで仲間と会話を楽しみながらゆっくり食事をとることで、食欲のない日も美味しく食べることができ、毎日の健康を維持することもできる。食事の後は、世界中で今もなお約8億人が飢餓や栄養不足で苦しんでいる一方で、日本では年間約621万トンと推計(2014年度)される食品ロスが発生していることにも思いを馳せ、社会とのつながりについて再考することも無駄ではないように思う。