案外つかめていない数字

脱サラして清掃業の仕事を営んでいた経営者からSOSが寄せられた。聞くと創業以来経理を任せていた担当者が会社を退職するのだという。その方の年齢がもう60歳を超えていて、そろそろ家庭でし残したことをするために、後はのんびりと気の向いたところでアルバイトでもしながら生活をしたいのだという。もっとも、その方はもう半年以上も前にその経営者に退職したい旨の意向を伝えていたので突然降った話ではなかったのだが、いざその退職の日が近づいてきたときに、初めてその経営者が後任をどうするか真剣に考えたようだった。

まずその経営者の計画のない行動に驚かされるが、問題を深刻にしているのは、その経営者が財務諸表の見方も分からないことだった。何しろ、その経営者に「会計の状況を教えてください」と伝えても、決算書や試算表などを用いて説明するのでなく、「○○への振り込み」「○○への支払い」などと手書きで書き込まれた銀行の預金通帳のコピーを持ってきて、説明を試みようとする始末。別の経営コンサルタントの方の話によると、そんな経営者は中小企業にはたくさんいるということで、今更驚くような話ではないとうそぶかれたが、本当にこんなことが普通に行われているのだろうか。

会計のイロハぐらいは…

資金繰りが悪化したと相談に駆け込んでくる経営者に、「どうしてこのようなことになったのですか」と尋ねると、「うちの税理士がちゃんと見てなかったので…」などという返事が平気で返ってくることも珍しくないといわれる。「ちゃんと会社を見るべきなのは税理士ではなく、社長のあなたですよ!」と言ったところで、もう手遅れだ。まさか、自社の粗利益率を知らないということまではないと思うが、そんな話の後では、例えば減価償却の考え方を知らない経営者ならいそうだ。もし自分も怪しいと思うようであれば、悪いことは言わないので、今すぐにでも会計のイロハを勉強し直した方がいい。

中小企業の仕事の多くは属人化しているといわれる。老齢を迎えた職人気質の人が多くいて、彼らが経営者の周りを固めていたりもするが、この人たちが引退したらどうなってしまうのだろうと心配になることが多くある。そうした会社に限って、また朝礼などしても定期的な会議はほとんどやらないから、互いの知識や経験もほとんど共有されていなかったりする。中でも会社の会計に関する情報は、経営の最も肝となるところだ。経営者がその会計を見ていない、あるいは疎いというのは、「アイマスクをして車を運転するようなもの」と知り合いのコンサルタントは危惧する。

数字の意味を知って有効活用する

このコンサルタントの方は会社の会計の大切さを、常々自分の体に例えて説明している。体重を測ってもしそれが70㎏だったとして、その数字がその人の体において何を意味しているのか、その意味が分からないと、ただ体重を知っただけでは何の価値もない。それが身長175cmの男性の体重なら、引き締まって健康的と言えるだろうが、160cmの男性の体重だったらメタボリックシンドロームの対象だ。生活習慣病の可能性も考えられる。場合によっては脳卒中や心筋梗塞など、重大な健康リスクを抱えているかもしれず、すぐにダイエットを始めなければならない。

また、体重がもともと80㎏あった人が70㎏になっているのと、60㎏だったのが70㎏になったのとでは数字の持つ意味合いが全く異なってくる。体重以外にも血圧や血糖値など、その意味が分かっていないと有効活用できないのが数字やデータだ。そして、そのデータを時系列で見比べたり、他の人と比較していくことなどで、データを使うことにつながっていく。これと同じで、会社の今期の売上高ばかりを気にしていても、それがどういう意味を持つのか本当のところは分からなっていない。決算書の中には、血圧や血糖値のように、会計の数字にもその意味が分かっていれば有効活用できる数字やデータもたくさん詰まっている。

3期分の財務諸表を頭に入れよう

税理士や経営コンサルタントらは、3期分の財務諸表を見れば、その会社がどのような経営状況にあるかをほぼつかむことができるそうだ。彼らがそうなのであれば、経営者も自身の会社でそれができなければいけないはずだ。仮に大企業なら、多少数字を読むことに自信がなくても周囲にそれを補う体制を整えているものだが、中小企業にはそんな役割を持つ部署などないし、そもそもそのための人を雇うような余裕もないのが普通だ。だから大企業以上に経営者自ら勉強する必要がある。それを怠っているから、いざという時に慌てふためく羽目に陥る。

勉強というと大げさに聞こえるかもしれないが、地域でそれぞれの中小企業の経営者が集まる団体がいくかある。その多くは地元への貢献と家業を継ぐ若手経営者の育成を目的に運営されているが、そこでの勉強会などを覗くとワードやエクセル、パワーポイントの使い方を勉強したり、議事運営の仕方、議事録の作り方や人前での話し方など、要するに一般企業の新入社員研修さながらの内容であることが多い。その中で財務諸表の見方なども入っている。これがもう一段、経営システムが改善されれば今よりもっと儲かる会社になるのは目に見えているのに。その余地は大きいと思う。まず真剣に会計の勉強から見直そう。