コミュニケーションが凄い

最近、創立70年以上の歴史を持つ「老舗」と呼ばれる企業を十数社ほどまとめて訪問する機会があった。業種は様々だ。創立70年というと、ちょうど太平洋戦争が終わって経済復興に向かおうかという頃のことだ。何もかもが不足していた時代にあって、海外からの輸入品に頼っていたのを、次々に国産化していった時代でもある。輸入品とのし烈な競争に勝ち抜き、現在の礎を築いてきた。それらの企業に共通していたのが、創業当時から伝わる経営理念をしっかりと引き継ぎ、今でも社内で共有していることだった。経営理念が無かったのは私が知る限り訪問した十数社のうち1社だけだった。

ここで、だから経営理念は大切だと言いたいわけではない。そんなことは改めて言うもでもなく、この読者なら多分分かり切っていることだろうと思うから。それでも取り上げたのは、そんな前の経営理念を引き継ぐ現経営者の社内コミュニケーションの在り方が凄いと感じたからだ。とにかく、経営者の考えていることが明確で分かりやすい。それを受けて動かねばならない役員やその下の管理職、そして一般の従業員に至るまで、多分誤解を与える隙がないだろうと思ったほどだ。

上司の意図を間違わない

私がなぜそんなことに驚いたかと言えば、経営者であっても話を伺っていて何をしようとしているのかさっぱり分からないという方は多い。「今年は安全第一で行きます」「弊社はお客さま(従業員)第一がモットーです」「今月は技術力強化で臨みます」「これからは営業で全面攻勢に打って出ます」…などと言われたところで、聞いている方は具体的に何をしていくのかさっぱり分からない。これらはいずれも決まり文句でしかないのだ。例えば、安全第一で臨むから、「納期は第二で良い」とまで言われればまだ分かる。

それでも企業の針路について立派で包括的なものを掲げていることは確かなのだが、このような曖昧な表現を繰り返すばかりだと、従業員全員が経営者と同じことを分かっている、考えているとは思わない方が良い。例えば「ビジョン」「ロイヤリティ」「責任」「顧客リレーションシップ」「チームワーク」「重点課題」「節約」など、解釈の広い用語を使ってその場を逃げているだけだ。経営者がこれらの言葉を発するとどこか仰々しく聞こえるが、それを受け取る方は幹部以下ただ戸惑いを覚え、自分の理解が正しいかどうか確信を持てずにいるかもしれない。そうしてそのまま漠然とした命令を部下に下しているうち、全員が上司の意図を勝手に解釈するようになってしまう。

業績目標はマネジメントの改善の手立てにも

企業の経営者は、よりよい企業の未来を創造する責任を果たすべく、組織全体を駆り立てなければならない。それなのにその言葉が従業員に届いていないとすればこれは致命的だろう。やはり一語一語きっちり定義して、あるいは分かりやすい言葉に直して、従業員たちがその意図するところを忖度する必要を無くさなければならない。そのうえで組織をきっちりとまとめ上げるのだ。

そしてもう一つ、老舗企業の経営者には業績数字に対する考え方に考えさせられることが多かった。例えば、一般に経営者が「約束した業績に向けて全力を挙げて取り組む」と話す時、それは「公表している目標数字をどんな手を使っても達成する」という風に捉えられがちだ。だから、期限が近づいてきた時に目標を下回りそうだと、営業担当者や財務担当者にプレッシャーがかかる。勢い、押し込み営業や不正などに走ってしまうのだ。

老舗の経営者たちは、業績数字の目標を単に短期的な業績の拡大に結び付けるだけでなく、長期的なマネジメントを改善する手立てとして利用していた。その分析・検討に従業員を広く参加させ、率直な言動を引き出していたのだった。そうすることで、業績数字の目標もまた達成する確率が高まるのだ。

経営者は孤立せず協力をあおる

経営者ほどその職責を果たすうえで様々な仕事をしているものはいない。しかし、特に創業社長に多いが、意見や承認を求める部下に取り囲まれていると、何にでも答えなければならないことが自分の責務であると勘違いをすることがある。一度こうなってしまうと、後は雪だるまのようにますます周囲から孤立を深め、従業員からの有意義な意見や提案が届かなくなってしまう。

しかし、老舗企業の経営者たちはそういった社内の状況を比較的冷静な目で見ているように思う。他の有能な従業員たちが持つ答えを引き出すのが自分の役割とわきまえているのだ。自分の持っている力を、周囲を支配して押さえつけるためでなく、従業員たちからの提案や反対意見、協力を募るために使っている。

そのためか老舗と呼ばれる企業の雰囲気は概して良いもののように思えた。決してピンと張りつめた糸のような感じでもなく、さりとて弛んだ感じでもない。ちょうど程よい緊張感が支配しているような感じだった。日本には老舗企業が多いと言われる。創業100年を越える老舗が10万社以上もあるといわれる「老舗大国」だ。もっともっとこんな老舗が増えていけばいいなと率直に感じた。