一様な「夢」

仕事柄、企業のパンフレットなどを見る機会がよくある。最近はある程度「理念」や「ビジョン」、「経営方針」などの重要性が理解されているようで、ほとんどの企業でそれらをパンフレットや企業を訪問した際には応接室の壁などに掲げていることが多い。しかし、その多くは目にしても心に留まらない。

なぜなら、一様だからだ。「夢」、「ビジョン」とかいっておいて、実は「社会に貢献」、「顧客第一」といった、どこの会社でも当てはまりそうな耳障りの良い言葉で、「お茶を濁している」といえば言い過ぎかもしれないが、そんなケースが随分あるように思われる。鉄鋼業と中華料理店の「ビジョン」が同じではおかしいだろう。

「好き」、「嫌い」を明確に

どうしてもっと特徴を出せないのだろう。はっきり、「好き」、「嫌い」ということが、敵を作ることになり、マスコミに批判されるかもしれないということを知らず知らずの内に恐れているのかもしれない。
しかし、嫌いな人がいないような「夢」や「ビジョン」でなければ、曖昧過ぎて何の力にもならない。

アウトドア業界の老舗であるパタゴニアの創業者イヴォン・シュイナードの言葉にも、「世の中の50%の人に嫌われていなかったら、差別化の取り組みが甘いのだ」とある。企業のトップなら、それくらい嫌われることの度胸がなくては、そもそも社員を引っ張っていけない。

自分を信じる力

トップの力量とは、「好きなことは好き、嫌いなことは嫌いと言い切れる力、自分を信じる力です」と慶応義塾大学大学院教授の清水勝彦氏。

そういう力量を持ったトップを選ばなければ「組織は迷走し、崩壊してしまう」とその著書の中で指摘をする。「自分のしたいこと、なりたい姿のはっきりしているトップに率いられた組織は、戦略の目的もはっきりし、道に迷うことは少ないはずです」と明快だ。

そして、それら自分の夢やビジョンが現場の人間と共有できるような言葉やイメージ、そして物語が必要になる。それらを、手を変え、品を変え、しつこく言い続けることが必要になってくる。

腹をくくる

ある程度の議論を経て核となる目的が合意できても、具体的な施策が決まらない時はトップが決めるしかない。
「実行の得意な企業は、すべての点で合意するから得意なのではなく、対立はあっても、決まれば腹をくくって取り組むところにある」と清水氏。そこでは対立は障害ではなく、よりよい方策を生み出す梃なのだ。

ある時点ですべての点で合意できていなくても進まなくてはならない、全社をあげて実行に取り組まなくてはならないのだという経営の意思を共有化するのも、またトップのコミュニケーションによる。トップの役割はかくも重い。