経営者の仕事

「経営者の仕事は先を読み予想される事態に手を打つこと」といえば、「今更そんなことは当たり前じゃないか」と笑われそうだが、私がまだ中堅クラスのビジネスマンをしていた時のこと、それを心から思い知らされた体験をしたことがある。その時、私はある中小企業を対象にしたコンサルタント会社に転職したばかりで、配属された部署でも前職との仕事のやり方の違いにまだ馴染めず、四苦八苦していた。それを見かねたのか、私の部署の上司がある時、私に「しばらく私のカバン持ちをしなさい」と言ってきた。突然の申し出に、私も自分の仕事を途中で他の同僚に手渡す羽目になり、当初は大変迷惑に感じたものだった。

そして、いきなり釘を刺されたのが、「カバン持ちは365日24時間勤務だからな」ということだったのが、今でも強烈に頭に残っている。当初はそれでも話半分程度にしか聞いていなかったのだが、すぐにそれが半端でなかったことが分かった。上司は本当に土日祝日関係なしでほぼ毎日働いていたし、その上司が口癖のように言っていたのが、「顧客の社長が年中無休で自社のことを考えて働いているのに、コンサルタントを提供する我々がそれ以上に働くのは当たり前のことではないか」ということだった。そこからの私も仕事に対して極度の緊張と膨大な仕事量を強いられることになった。

責任を集中して機敏に行動する

何しろ、私に求められたのはその上司の分身のような役割だった。上司はコンサルタント部門を統括する役割を担っていたので上がってくる案件も相当な数になったが、それからそのほとんどは一端私の元に届くことになった。そして上司の既読の文書は全部私のところに降りてきた。毎日、何十、何百ページもの書類すべてに目を通し、不明点や疑問点があれば関係する部署に確認をとる。場合によっては、書類の内容がより正確に伝わるように補足のメモを足して上司に上げる。その上司から基本的な質問があったときには、その場で即答できなければ私の存在意義はなかった。

もちろん、上司の意思決定を受けて、それを関係部署に説明に回るのも私の役目だった。まだ他にもいろいろ。「そんなに大変な仕事だったのなら、人員を増強すれば良いではないか」と考える向きもあったが、仕事をしていて気付いたのは、こうした仕事は人数を増やして対応すれば良いというものではないということだった。大切な案件になればなるほど、上司は機敏に動かねばならない。そしてそのためには、それを支えるのも「船頭多くして船山に登る」というものであっては困るのだ。だからスタッフの数も負担を減らすことを優先して対応するような考えは、本来の目的にそぐわないのだった。

「先の先の先」まで見通す

そんな私が経験した中で学んだことのひとつが、経営者は常に「先の先の先」まで見通して行動しなければならないということだった。私の上司は経営者ではなかったが、顧客の経営者相手に、先を読む競争をしていた。顧客に何らかの問題が起きた時に、顧客の経営者とそれが社内外にどのような影響を及ぼすのかを瞬時に、そして緻密にイメージし、それに対する打ち手を検討していた。物事をスムーズに進めるために、常に先回りをしていたのだった。将棋の素人は2手先、3手先を読むのにも一苦労するが、何十手も先を読むのがプロの棋士だとされる。ちょうどそのようなイメージだったろうか。

しかし、上司は私にそこで考えていることをいちいち事細かに指示を与えてくれるわけではない。当たり前の話だ。だから当初は「あれはどうなった?」「この件の会議はいつあるのか?」などと質問が飛び、「何のことでしょうか…」とキョトンとしてしまうことが多かった。厳しい言葉を浴びせられたのも1度や2度ではなかったが、あれこそまさに良いOJTにつながっていたのだと、今だから振り返ることができる。だから、そんな私も先を読んで行動する上司の、さらに先を行くように努力をするようになった。上司が聞く質問に答えられて当たり前。質問される前に報告をするぐらいの意識で仕事をするようになっていった。

「ニューノーマル」な世界を見通す

この時の経験が、今生きていると感じることが多い。例えば、顧客との打ち合わせでも、議題に乗っているもの以外にもどんな課題が残されていて、それらはどんな状態にあるのかを一通り調べたうえで臨む。不用意に一つのことのみを追求していけば、次々に新たな問題が起きてきて、その結果、当初の目標通りにコトが進まず、膨大な労力と時間を要することにならざるを得なくなってしまうからだ。そのような事態を避けるためには、やはり先回りして関係者にも納得してもらいながらコトを進めることが大切になってくると痛感している。

このように経営者の能力の中でも、私は「先を見通す力」が最も大切な要件になると思っている。そのためには、やたら自信満々で押しの強い人が良いというのではなく、むしろ「これをすると何か悪い影響が他に及ぼさないか」と心配、気遣いを欠かさない人こそ経営者にふさわしいのかもしれない。あれこれ心配が起きることで、誰よりも先を見通して、「これ以上心配のしようがない」と思えるほどに、考えうる手立てを講じるからだ。今、新型コロナウイルスが引き起こそうとしている「ニューノーマル」な世界にそれぞれどのように立ち向かおうとしているのだろうか。拱手傍観の態度では乗り越えられない時代を迎えている。