初期の徴候に気付くか

私たちはしばしば、ちょっとしたことに気が付かず、あるいは気が付いたとしても「大したことではない」ものとしてそのままにし、あとで問題が大きくなってから「あれはこういうことだったのか」「失敗した」と思う。

時代は変わっても、昔から日常の中でこうしたことが繰り返し行われている。

「子供の食欲がないのはおやつの食べ過ぎだろう」、「いつも元気な後輩が今日は心なしか声が小さいのは、どうせ昨日飲み過ぎたのだろう」とそのこと自体小さいが故に、ひょっとしたら後ろにある大きな原因にお気が付かなかったり、見逃したりする。

初期の徴候に気付いて早めに対応したかどうかで、結果はまったく違ったものになる。

怖い「いつの間にか」

良く知られているものに、「ハインリッヒの法則」というのがある。
1件の重大事故が起きるまでには、29件のかすり傷程度の事故があり、更には事故には至らなかったものの300件のヒヤっとした「ニアミス」が存在しているというものだ。

逆に言えば、重大事故が起きるまで、そうした「小さな徴候の意味するもの」はもちろん、「小さな徴候」にも気が付かないことがよくあることを、この法則は教えてくれる。

企業や組織においても、まったく同じことが言える。
多くの企業が「いつの間にか」顧客のニーズの変化に取り残されていたとか、「いつの間にか」大企業病に陥っていたと振り返って言われるのだ。

さりげないファインプレーを

改めて言うまでもなく、経営において大切なことは、変化を見逃さないこと、そして、その変化に対してできる限り早く手を打つことだ。そうした変化の兆候は、常に小さなことと決まっている。

しかし、小さなことは身の回りにそれこそ無数にあり、その中で大切なものとそうでないものを見分けることは容易でなない。

いかに小さなことの中から人や組織の抱える本質的な問題に気付いて、小さなうちに対応できるか。

「本当に優れた経営とは、ファインプレーをファインプレーと見せない守備の力と似ているところがありそう」とテキサス大学サンアントニオ校の清水勝彦アソシエイトプロフェッサーは語る。

「基準」を疑う

ある小さな出来事が本当につまらないことか、それとも重要なものなのかを分けるのは、これまで成功してきた企業の「基準」にある。

かつて携帯電話の世界でも、アナログで大成功していた企業にとって、デジタル技術などは夢物語で取るに足りない技術でもあった。
これまでの基準からすれば、つまらないとしか映らなかったのだ。

逆に、大問題として取り上げられていることであっても、例えば政治問題で多いが、マスコミに大々的に取り上げられていることも、それは一部の意見で、サイレントマジョリティーはまた別の考えを持っていることも少なくない。

事の大小では判断できないことを肝に銘じておくべきだ。変化の激しい今だから、なおさら清水氏の言葉をかみしめる必要がある。