チラシ読んでますか?

新聞の折り込みはもちろんだが、それ以外にも家のポストに毎日かなりの数のチラシが直接投げ入れられている。

スーパー、電気店、カーディーラー、塾など、一瞥しただけで古新聞の中に投げ入れながら、果たしてこの大量のチラシのどの程度が読まれているのだろうか、と気になるのは私だけではないだろう。

私はこのチラシも「押し売り」の一種だと思っている。

といっても今の若い人たちには「押し売り」と言っても分からないかもしれない。
「買う意思のない者に対して無理やりに売りつけること」で、昔は家に上がり込んで買うまで居座り続けたりしたようだ。

今のチラシもその種の類に「成り下がっている」と感じてしまう。

広告に囲まれている生活

チラシを見ていて思うのは、価格競争に陥っているものが多いということ。
そして、自己主張の強さ。読んでいても面白くない。

駅前でよくチラシなどを配っている風景に出くわすが、あれも受け取る人はまばらであったりするのを見ると、私と似たような思いの人は多くいるのではないだろうか。

ことはチラシだけに限らない。
DM、ポスター、看板…、ありとあらゆる方法でたとえ家の中にいてもそれらの広告が私たちを取り囲んで来る。

私たちがそれに対して拒否するという態度に出れば、必要な情報まで入ってこない。困ったものである。
ここはひとつ、やはりチラシなどの方の改善を求める。

ちょっとした工夫で効果も上がる


ある美容院がチラシに書いたのは特典を付けたり、割引率を上げたりしたことではなかった。
そこにあったのは、「予約の仕方」だった。

チラシに大きく書いた電話番号の下に、「電話に出るのは○○」と店主らの名前を書き、「初めてなのか」や「どんなスタイルがいいか」など話して欲しいことを書いて、最後にまた電話番号を大きく書いた。
これで通常の3倍の新規顧客の開拓につながったという。

別の学習塾のチラシには成績アップの話しや合格率については一切書かれていない。
「特典を目当てに来た保護者の方は、もっと良い条件の学習塾を見つけるとすぐに移ってしまいますから」と、街の清掃活動や花火大会、クリスマスなどのイベントの様子を積極的に打ち出している。

意識は十分デフレから脱却

スーパーのように価格を訴えるところは価格で負ける。

しかし、東京のあるスーパーでは「価格だけでは消費者は動かない」と、最も目立つスーパーの題字の下に、店頭販促(POP)の製作に関する取り組みの紹介や、農家など生産者のおすすめレシピなどを紹介する。

消費者に「モノ」だけでなく「コト」も伝え、自社の魅力を訴えているのだ。

「デフレからの脱却」を掲げてもそう簡単でないことは、政府のこれまでの取り組みを見ても分かる。
しかし、消費者の意識的には十分にその流れに来ているのではないか。

要するに、消費者は価格の比較だけでものを買っているわけではない。情報の出し手がこれまでの販促の慣習に囚われているだけなのではないか。