先日とある記事を目にして驚愕しました。
10人の話を同時に聞くということで有名な聖徳太子が、
教科書から名前が消えるとのことです。
あれだけ有名な聖徳太子が名前を消すというのはどういうことなのか、
とても気になって記事をまじまじと読んでしまいました。

 教科書には、昔は聖徳太子と書かれていたのが、
最近の教科書では「厩戸王(聖徳太子)」というような
かっこ書きの表記になっているようです。
 聖徳太子はただの呼び名だったということでしょうか。 

 記事によると、聖徳太子という名前は、
彼の功績を称える人々が後世になり彼に贈った名前で、
贈られた人物の名は「厩戸王(うまやとおう)」という人でした。
この「厩戸王(うまやとおう)」は実在したそうです。
この人自身は、飛鳥時代に政治家として、数々の偉業を成し遂げました。
しかし、聖徳太子が行ったとされる、
「冠位十二階の制定」「憲法十七条の制定」等の数々の実績は、
あまりにも膨大すぎて、冷静にはこれらを全てやったとは考えにくいとのことでした。

ではなぜ聖徳太子という人物が作り上げられたのでしょうか。
厩戸王が死去して50年後に、凄惨な皇位継承権争い(壬申の乱)が起きます。
天皇の権威は失墜し、勝者となった天武天皇は、
「天皇中心の中央集権律令国家づくり」を進めていきます。
その中で、天武天皇が過去の厩戸王という人物に注目し、
数々の偉業に関与したことを過大評価し、
厩戸王をモデルにした「聖徳太子」をつくり上げたとのことでした。

ライバルである有力豪族に対し、
神代から続く自らの血筋の優秀性と日本国の統治者であるという正統性を
再認識させようとしたのでは、と考えられているとの事です。

私が学んだ時には歴史上の重要人物であったのに、存在しなかったというのは、
何とも言えない気持ちになりますね。
歴史はいろいろな発見によって少しずつ変わってきますので、
興味深い所でもあります。

今現在では「厩戸王(聖徳太子)」と表記されていますが、
聖徳太子と言う人物がいなかったということになると、
10人の話を一度に聞いたというのは本当だったのでしょうか。

それは、一度に話を聞いたわけではなく、
「10人の話を1人ずつ順に聞いたうえで、それぞれに対し明快な回答を行った」
というのがどうやら実態のようです。
ですが、一度には無理であったとしても、10人の話にたいして、
全て明快な回答をするというのは、なかなかできることではありません。

実際に10人が同時に話しているのを聞き取るのは難しいと思いますが、
一人ひとりの話にたいしてきちんと対応することは、
努力すればできてくるのではないでしょうか。
聖徳太子は難しくても、厩戸王の対応は見習いたい所です。